08
長く感じられた夜も終わりを告げ、代わりに眩しい太陽が顔を覗かせて新しい朝を告げる。面倒事に巻き込まれようと、そういったものは素直に美しいと感じるのは不思議だ。

ココ一行は表向き依頼を受けてはいたが未だポルック少佐から逃げる術を見い出せずにいた。そして武器を売るには品物がなくては話にならない。ということで皆この場から移動する為に集まっていた。

「精鋭2名を同行させましょう!彼らがいれば危険な峠も安全に移動できます」

誰でもその言葉の意味は理解できる。即ち“首輪”。逃げられないようにするための。あるいは峠を越えるための通行証代わりなのかもしれないが。

精鋭二人はクレアを睨んで警戒しているようだった。自分に刺さる視線が痛いと思いつつも仕方ないかと我慢する。少佐に銃を向けたのだ。警戒されない方がおかしい。
彼らと目が合い、軽く会釈して微笑みかけると無視された。

「峠を越えれば通常携帯が復活します。虎の子のイリジウム携帯、通じないでしょう?ヨーロッパの中で数か所しかない圏外なのです、ここは」

「なんだ、持ってるの知ってたんですねー。ホントだ圏外」

携帯の画面を確認してココは何とも言えない表情を作る。本当はこのことは既に彼女は知っていたのかもしれない。

やがて一行は準備を終えて車へと乗り込もうと、行きに乗ってきた車へと足を進めた。

「じゃあ私の助手席には案内役として精鋭さん一人。あとは…じゃあヨナとクレア、後ろに乗って!」

こくりと小さく頷いてクレアはヨナを促し、先に乗車させる。乗り込むその小さな後ろ姿がかわいいと思ったのは内緒だ。次に自分も乗車しようと車のドアに手をかけた時、腕を掴まれる感覚に、思わず後ろへとバランスを崩しかける。

「わっ…!っとと…」

慌てて体勢を整えて後ろを振り返ると、ルツが少し寂しげな表情で自身の腕を力強く掴んでいた。

「え…あ…あの、ルツ…?」

ココ達もその光景に驚いている。しかし一番驚いているのはもちろんクレアで、瞳には困惑の色が見て取れた。こういう時どうしていいかわからない。人の感情の変化には敏感でも接し方などわからないのだ。
振り解きでもすればよいのだろうか。頭の中で色んな考えがぐるぐると回る。終いにはだんだんと恥ずかしさもこみ上げてきた。それは時間的にはほんの数秒のこと。

やがてルツは我に返ったように手を離す。

「わ…悪ぃ!何でもねぇ」

何でもないと言われても気になるものは気になる。何か言いたいことがあったのかもしれないし、もしかしたら何か気に障るようなことをしてしまったのしれない。ルツに嫌われるのは嫌だった。

「ココさん、私ルツと一緒の車でもいいですか?」

少し考えてからココにそう告げる。彼女は顔に笑顔を張り付けたまま渋っていたが精鋭組が今にも舌打ちをしそうなほどの剣幕で此方を睨んでいたのでため息をついて了承した。別にヨナだけでも護衛は足りるだろうし、何よりルツの行動の意図がわかっていただけにそうせざるをえなかったから。

そしてクレアはいそいそとトラックの方へと乗り込む。ルツは初めこそ慌てていたがあまり待たせるわけにはいかないとトージョ達に肩を叩かれつつ運転席へと乗車した。

そうして小隊はココの車の後ろについて走り出した。

車を走らせている最中、クレアは窓の外へと目を向ける。何気なく見ただけだったが、あちこちから上がる煙に思わず目を逸らした。逸らした先には今回届けた対空ミサイル。それに今度は瞳を輝かせる。輝く瞳は美しい。けれどそれが見据える物はあまりにも残酷で。間接的にでも彼女達が人を殺しているのに純粋な瞳をしているクレアはとてつもなく不気味だ。狂っていると言っても過言ではない。そう思う者はこの小隊の中にはいないが。

「大きいなぁミサイル!あれの上にヨナと一緒に乗って移動したんだよねぇ…トラックの上だけど」

「…なぁ、クレア」

クレアとは対照的に物憂げな表情をしたルツが彼女の話を遮るように口を開く。

「最近…ヨナ坊と仲いいよな」

クレアの方を見もせずにそう言う。彼女が困ることなどわかっているのに言わずにはいられなかった。

「そうかな?ココさんの指示でよく一緒に行動はしてるとは思うけど…」

「仕事外でもよく二人でいるの見るぜ。あとヨナ坊のこと話題に出すのも増えた」

こんな言い方ではまるで彼女を責めているみたいだ。それはわかっている。だが、言葉にし難いこの感情を抑えることができなかったのも事実。

小さな嫉妬心に似た感情。さっきとっさに腕を掴んだのだって考えてみればその感情が湧き出たにすぎなかったのだ。我ながら呆れる。彼女は誰のものでもない。嫉妬心で怒る権利があるのは彼女の恋人だけだ。自分はクレアにとっての恋人という存在とは程遠い。

本当は心のどこかで安心していたのかもしれない。それとなく周りに聞いてみて、クレアに想いを寄せている者がいないと知った時、まだ余裕を保っていられた。だがヨナが来てからその余裕が崩れかけてきている。子供でも彼は立派な男なのだから。

「うーん…ヨナは年下だからついかわいがりたくなるっていうのもあるけど…新しく来た子はよく見るようにしてるからかな、ヨナの話題が増えちゃうのは」

彼女からの返事はとてもシンプルで拍子抜けしてしまう。ルツはそれを聞いてやっとクレアへと軽く視線を送った。

つまりクレアが最近よくヨナと接しているのは彼がただ単に新人だったからなのか。

途端に胸のつかえもとれた気がした。何とも単純な己に苦笑してしまう。こんなたった一言で立ち直ってしまうなんて。

「もちろんヨナといる時も楽しいけど…でも私ね、ルツといる方が楽しいです」

安心した直後に彼女から投げられた言葉にルツは弾かれたように顔を横に向けた。

「同じ狙撃手だし、話してて面白いし、歳も結構近いし!何て言うのかな……そう、落ち着く!」

両手を合わせて楽しそうに微笑むクレア。それはまるで暖かな日溜まりのようで。その笑顔にどくんと心臓が大きく跳ねた。そしてそんな彼女に触れてみたいと、そう思った。

「そっか、まぁ俺もクレアといるの楽しいぜ。クレアがいるとお嬢に掃除押しつけられた時手伝ってもらえるしな!」

「むぅ…それはルツが何かしちゃった時の罰でしょ。今度から手伝いませんよ?」

「おいおい、そりゃないぜ!」

「あはは!冗談」

こうやって笑い合っている時は、独りよがりな独占欲など生まれない。こういう時いつも思うのだ。自分は彼女の傍に仲間としていられるだけで満足だと。だがクレアが他の男と楽しそうにしているのを何度か見ると、それが揺らぐ。

女に骨抜きにされるとはよく言ったもので。まさか自分がそれに直面するとは思ってもみなかった。いつからこんなに惹かれていったのだろう。

始まりこそ普通だったはずだ。自分が入る頃にはもう彼女はいて純粋に綺麗な女だと、そう思ったのを覚えている。いつでも明るく朗らか。狙撃の腕前も大したもので、狙撃だけならレームを超えていると言ってもいい。
そうしてクレアの笑顔に、彼女の優しさに触れる度、どんどん彼女に惹かれていったのだ。大きな理由など存在しやしない。

けれど今それは自分の想像を越えていた。想像以上に自分はクレアを好きになっていたのだ。嫉妬心を面に出してしまうほどに。

「あ、見てルツ!霧がすごい…」

我に返って辺りを見回せば、クレアの言うとおり、霧が視界いっぱいにミルクをばらまいたように広がっていて二人の世界を白く染め上げた。

「こいつはすげェ…お、お嬢の車が止まったな。ここが峠か」

「そうみたい。私達も降りよっか」

車から降りると、携帯を耳に当てているヨナが目に入る。そろそろ通じてもいい場所だ。上手くかかればいいが。ココの表情を見る限り、成功したのだろう。クレアが彼女達の方へと行こうとした瞬間、上空から響いてきたヘリの羽の音にクレアとルツはすぐに上を向く。

「あれは…」

機体を確認した直後にクレアの瞳がミサイルを見た時のように再度輝いた。そうなることがわかっていたのか、ルツは急いで彼女の腕をとり、走らせる。

「ハインド…あれロシア軍のハインドだよ!!すっごい!」

「わかったわかった!!あとで聞いてやっから!今は隠れるぞ!」

こうして彼女を見ると本当に戦争が嫌いなのかと疑いたくなる。ルツは呆れながらも彼女を半ば強引に引っ張っていった。

やがて森の中に入り込むと、スティンガーを撃つ山岳兵を見つける。彼らはココと何やら話しているがクレアの目には山岳兵の姿など映っておらず、目の前で発射されたスティンガーに釘付けだった。

「おい、間違っても間近で見に行こうなんて思うなよ?」

「…う……はい」

ロシア軍機についているあれは恐らくサーモ。彼女が目立って一発感知されて攻撃でもされたらたまらない。

「心配なんだ」とそう呟いてルツは軽く彼女の頭に手をのせる。彼の言葉に一瞬ドキリとして少し赤くなった顔を隠すようにクレアの方は暫く俯いていた。

やがて争いは止んだのか、辺りが静かになったのを見計らって一同は急いでその場を後にする。

皆が集まる。ココが電話をかけようとすると、ヨナが彼女に近づいていき、唐突に問いかけた。

「なんで素直に売ろうとしないの?武器」

彼にはココが変な意地でも張っているように見えたのだろう。ヨナの考えももっともだ。金になりそうな仕事をわざと棒に振っているのだから。

軽く微笑んでココはその答えを口にする。

「私の勘では、この戦闘はあと2日で終わる」

事細かに説明して、最後に“魅力がなくなった”と言う。彼女のやり方からはこれは受けない方がいい仕事だと。

それには納得できるが、何となくヨナにはひっかかる所があった。

「ココの“勘”を信じるのか?」

「そう、みんなを乗せた、武器商人の勘だよ。……ご不満かな?」

何も言わずに視線を逸らすヨナ。それを無言の肯定と受け取ってココは満足げに微笑む。

クレアはそんな彼の横に並んでにこりと笑んだ。

「私達は、そういう部隊なんですよ」

そう言ってやはり彼女も満足げにして、ヨナの頭を撫でる。

そしてココ一同はバルメ、トージョと合流する為に

力強く歩きだしたのだった。


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