07
「本当に大丈夫なんでしょうね!?まったくケータイが通じない!電波障害?かもしれない?「かも」じゃ困るでしょ。早く原因を調べて!!」

20tトラックの上でヨナに並んで腰掛けていたクレアはここからでは聞こえるはずのないココの怒号を想像してくすりと笑む。

「今ココさんが叫んだような気がしました」

「そう」


ココ小隊はハインドの件が無事終わり、次の仕事に向かう途中、街でバルメとトージョに合流しようと思っていたのだがどういうわけか携帯が使えず、二人に連絡できずにいた。ココが本部に原因究明するよう命じてもなかなかはっきりせずそれが彼女の機嫌を悪くさせている。

それに加えて先ほどから「止まれ」と繰り返しながら一行の前方で走っている装輪装甲車。恐らくこの国の国境警備の者。彼らに何かした記憶はないのだが。

クレアはジッと装甲車を見つめながら、静かに考える。
この国での商売、繋がらない携帯、止まれと繰り返す警備隊。これらを組み合わせてピンと来た瞬間、クレアは慌てて通信機に口をあてる。

「ココさん!今すぐ止まってくだ…」

言いかけた瞬間目の前で突如大破する装甲車。幸いこちら側に被害はなかったが気づくのが遅かった。驚いて武器を構える皆と違い、クレアはヨナに銃を下ろさせて自身はトラックから飛び降りる。目の前ではココが頭を抱えて叫んでいる。クレアはそんなココの側にいき、レームの隣に立った。

「ココさん、ごめんなさい…!パイプラインの奪い合い…もう少し早く気づけば…」

「ヘッヘヘ、こりゃもー立派に戦闘地域だぜ。電話通じねえ理由はコレだな、ココ」

慌てるココとは逆にレームとクレアは至って冷静に目の前の戦場を見つめている。まさかこんなことをしているとは。国境警備隊が必死に自分達を止めていたのにも頷けた。

「GMS携帯電話基地とか、電話局とか、マイクロ波通信の施設とかを、吹っ飛ばされたり吹っ飛ばしたり」

レームの説明に頷きながら、クレアもゆっくりと口を開く。

「そうしたらそれを逆手に情報統制、ですね。こういうのは私好きじゃありません…」

いまだ体を震わせているココ。そして彼女の瞳は少し恨めしげに二人を捉えていた。

「へぇー、詳しいですねぇレームさんにクレアさん!」

「そうかね?イヤ、頭使う戦いは苦手でよォ」

「うぅ…ごめんなさいぃ…」

笑うレーム、焦るココ、泣きそうなクレア。およそ百面相のような三人。そうしている内に隊の周りには武装した者達に囲まれる。どうして武器商人はこうも面倒な目に遭うのだろう。

「ハイハイ、敵じゃないヨ。友達でもないけど」

やはりめんどくさそうに両手を高々とあげるココ。バルメほどではないが彼女に銃を向ける奴らに軽く殺意を覚えながら、クレアは促されるまま彼らについていった。

そうして辿り着いた基地と呼べるかも甚だ謎な場所に、依頼者は待っている。ポルック少佐、柔和な笑みを浮かべてはいるが、その顔を見たクレアは思わず、眉間に皺を寄せた。

「クレア?」

不思議そうに自分を見つめるヨナに、慌てて少佐から目を離す。もう顔はいつもの彼女に戻っていた。

「どうしたの?」

「ううん、何でもないよ。ごめん、変な心配かけたかな」

何も言わず座り込む彼に、優しく微笑む。はぐらかしたわけではない。心配かけておいて悪いが本当に大したことはないのだ。

ああいう爽やかな笑顔を作る奴は嫌いなのだ。裏で何をしているかなど考えるまでもない。あんな者達が蔓延るから戦争が終わらない。ああやって自分達の利益だけを考えて行動して笑っている。その裏側に数多の苦しみが存在していることなど気づきもせずに。

きっと今の現状には満足できずに彼はまだ武器を欲すだろう。追加を注文されるのは時間の問題だ。ならばいっそここで殺ってしまおうか。

重たい思考に支配されかけた時、不意に明るい声が耳に入り込んでくる。

「あれぇ?やっぱそうだ。ココちゃん、お久し「ミルド!?あとルーも!!」


ミルドとルー。どちらもココの知り合い。
一際大きな声を出し立ち上がるココ。そして彼女の視線の先には二人を率いるイングランドCCAT社、社長のカリー。

彼らは同業者だ。彼らも武器を売りに来ていたのか。ポルック少佐がどれだけ武器を欲しているかが実感できる。

クレアはカリーが何を売ったのか気になって、瞳を輝かせながら耳を澄ませた。

「カリー氏からは何を?」

「“スティンガー”」

その少佐の一言を聞いた途端、クレアの瞳は更に輝きを増して、思わず話に加わろうと一歩前に出る。だがそれはいきなり目の前に現れた者によって中断した。

「やっほークレア」

「あ…ミルド」

バルメと同じナイフ使い。バルメより何倍も戦闘欲求が高い彼女。仲が悪いわけではない。むしろいい。もっともクレアと仲が悪いという人物はいないに等しいのだが。

ミルドはクレアに微笑みかけた後、彼女の傍らに座り込んでいるヨナに興味津々なようで、身を屈めて彼を無言で見つめた。

「なんの用だ?」

たったそれだけのヨナの発言にもかかわらず、ミルドは堪えきれずに、声をあげて笑い出す。

「ヒャハハッ!!何コイツ、新入り?ウケる!超ウケる!!それともクレアのボーイフレンド?ねぇねぇ!?」

大層面白そうに、目にうっすらと涙を浮かべながらミルドはクレアの背をバンバン叩いた。何がそんなに面白くて、そして何故、その発想が出てくるのかはわからなかったが、クレアは彼女の言葉に素直に顔を赤く染める。

「ぅえッ…!?そ…そんなんじゃないよヨナは!!」

「えー?あーやしー、おーいルツ!!アンタこの坊ちゃまに先越されてるよ!」

何故ルツにそんなことを言うのかわからずクレアは思わず首を傾げた。当のルツは向こうで恥ずかしそうに顔を赤らめて「うるせー」と叫んでいる。しかし、からかわれて自分はこんなに慌てているのにヨナの方は何と冷静なことか。年上として少し情けない。経験ゼロに等しいので仕方ないが。

羞恥と情けなさで顔を俯かせた時、取引していたココが唐突に椅子から立ち上がり、「ムリームリー」と言いながら踊っているのだか、暴れているのだかわからない動きをとっている。

「お、なんだなんだ?」

ミルドが疑問の言葉を口に出すのとほぼ同時に少佐が柔和な表情を一瞬崩して声を張り上げた。

「にっ、逃がさん、総員!!」

一瞬にして変わる空気。全員が全員武器を手に取り、それぞれの標的へと銃口を突きつける。

やはりこうなったかと、クレアは軽くため息をついた。片手のハンドガンを相手へと向けながら少佐を睨む。

「黙って見てりゃテメーラ、フザケンな。ヤロォ!!」

「ルツ!!抑えろ!!」

暴走しかけたルツを宥めて、ココは改めて少佐に向き直った。彼女が少佐に何を言っているのかはよく聞き取れない。言っていることは何となく察しがついてはいるが。それにしても本当に気に入らない男だ。腹が立つ。
そうして彼らは話し合い、少佐は居心地が悪くなったのか、帽子を被りココに背を向けた。

「では!レーダーの件、お願いします。私はちょっと失礼しますよ。あ、お金のことはご心配なく」

ココは去っていくその背に最後に一言投げかける。

「少佐、あまり強引にしすぎると…危ないですよ?背後にはどうかお気をつけて」

止まる少佐。首だけを後ろに向けると妖しく光る銃口、クレアのハンドガンが自身の頭へと向けられていた。
普段と何も変わらない笑顔で彼女は少佐へと銃を向けている。周りの兵隊が全て己へと銃を突きつけていようと、そんなことはお構いなしにクレアは照準を彼へと向け続けた。

その姿にカリー達はもちろん、仲間達も驚いている。彼女が感情に任せてこんなことをするような者ではない。皆それを知っていたからだ。

「クレア」

静かにココは彼女の名を呼ぶ。それだけだったがクレアは大人しく銃を引っ込めた。

クレアがこういうタイプの人間が一番嫌いだというのはよく知っている。だが、この世界に足を踏み込めば、そんな人間とは嫌でも顔をつきあわせることになるのだ。それでも抑えるのを昔約束した。今までその約束を守っていたが、我慢できなくなったのだろう。

やがて、銃を下げたクレアを確認して、少佐は今度こそその場から去っていった。

「いやはや、新指揮官、やっかいな男ですなぁ」

「別に。早くおうちに帰ればぁ?」

不機嫌さを全面に押し出してココはカリー達をあしらう。彼らが行った後にはその場にはココ達だけが残された。

そしてココは俯いているクレアへと近づいていく。

「…あ…あの…ココさん……すいません…」

今にも泣いてしまうほどか細い声を絞り出す彼女の肩にココは軽く手を置いた。

「フフーフ、晩御飯」

「……え?」

「約束破ったペナルティ。うんと美味しいもの作らないと許さん!!」

そう言って歩き出す。暫く訳がわからずその場から動けなかった。やがて、ヨナやレームと、皆が横を通り過ぎていき、そしてウゴによって頭に乗せられた手に我に返る。

そうだった。ココとは、自分の仲間とはそういう人達だった。クレアは今度は嬉しくて泣きそうになりながら、前を行く皆を追いかけた。
「…で、どーすんだ?ココ」

「どーするも何も……」

指で“逃げるよ”という合図を作るココ。半ばわかりきっていたことだが実際そう指示されると、思わず拍手を送らずにはいられなくなる。

「バルメとトージョも捜さないとね。私の調べではここの軍資金はもうカツカツ。威勢のいいこと言ってたけど。つまりこの紛争に勝ったら、お金を払うってことでしょ?」

一瞬立ち止まり、ココは誇らしげに自身の胸にドンと手を置いた。

「この私が!!後金で契約するわけないじゃん!!」

「「オォーッ」」

その歓声と拍手は暫く空高く響いていったのだった。

はしゃぐ皆を後ろから楽しそうに眺めてクレアは

本当に、本当に久しぶりに

今日一度も火をふかなかった銃を惜しむことなくレッグホルダーへとしまった。


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