少年は鮮やかな金髪を風になびかせながら無色透明の世界を歩いています。

毎日毎日飽きもせず、畑仕事をして、寝て。

それは少年の一番嫌いな家畜暮らしです。

けれど、抗う術も今の少年には持ち得てなどいませんでした。


「どうしたんだよ?今日はいつもよりボーっとしてるけど…」

不意に、隣にいた少年の親友が彼に声をかけました。

とても暖かな声です。

少年は返事をしませんでした。ただ彼に冷たい視線だけを送るばかり。

「お前がそうしてると母さんがまた心配するだろ」


少年には両親がいません。

だって二人とも、少年が殺してしまったのだから。

彼を育ててくれているのはこの親友の両親。

“家族”だと、優しい優しい一家は少年にそう言ってくれました。

それは本当の両親よりもずっと両親らしいと彼は思いました。

だけれど、そんな彼らの言葉さえ無関係の世界に向けられたものだと、額縁の外の出来事としてしか少年は感じることはできませんでした。

「そんなの知らねぇ」と、いつもの憎まれ口を叩こうとしたその時、一際大きな轟音が響いて、二人は思わず動きを止めてしまいました。

音の方を見れば、果物の露店が半壊している様。

そしてそんな店を呆然と見つめている小柄な少女とその横で怒りに顔を歪めるいかにも頑固そうな中年男性。

次には中年男性の声は壁の外にまで響いてしまうのではないかというほど大きな声で怒鳴り出します。

「この怪力馬鹿娘!!おめー何回店ぶっ壊しゃあ気が済むんだ!えぇ!?」

「うぅ…ごめん…父ちゃん…でもさ…!」

「言い訳なんかいらねぇんだよ!!手伝いなんかもういいから家帰ってろ!!そんで大人しくしとけ!!」

少女はしょんぼりとうなだれてしまいました。

店を半壊させてしまったのは彼女なのでしょう。

二人と同い年くらいに見えるのに大した力です。もしかしたら巨人とも渡り合えるのかもしれません。

すごすごと重たい足取りで店から離れる少女を、呆然と少年二人は見つめます。

「な…なんだったんだ…あれ。すごい子もいるもんだなぁ」

少年はそんな呟きをもらす親友を置いてさっさと歩き出してしまいました。

別に興味なんてこれっぽっちもなかったのですから。


慌てて少年に並ぶ親友。

二人はまたさっきと同じように歩き出します。

だけど少年にはやっぱり世界は無色透明にしか見えません。

すると今度は違う露店で音が響きわたりました。

次は人の歓声のようでした。

さっきの少女と同じで少年達とも同い年だと思しき少年に、人がたくさん群がっています。

「すげぇな坊主!!本当にこの懐中時計直しちまうなんて!」

「絶対もう無理だと思ったんだがなぁ…」

「機械マニアにかかればこんくらいなら余裕だよ。所詮は時計なんだし、立体機動装置に比べればさ。立体機動装置触ったことないけど」

溢れ出す笑い声。

時計を直したらしい少年は子供ながらに随分と博識なようです。

それと同時に、掴みどころがなくて、なんだか笑顔が嘘臭く二人には感じました。

でもやっぱり金髪の少年には興味がなかったのでしょうか、また呆ける親友を置いて歩き出してしまいます。

世界にはあんなおかしな怪力女や機械マニア、本当にたくさんの人間がいます。

だけれど、色んな人間がいても皆生活様式は同じなのです。

興味など、湧くはずがありませんでした。

「おい、待てって!お前はいつも勝手に行動して…って、あれは…」

親友が向けた視線の先に少年もどうでもよさそうに気だるく目を向ければ、そこは日の光の届かない暗い路地裏。

その中で一際光る少年よりも色素の薄い金髪。

その金髪の持ち主は綺麗な髪を地面へと散らばらせてうずくまっています。

周りにはただでさえ体の小さな金髪の男の子に寄ってたかる四人組。

それはきっとどの世界でもあるであろうありふれたいじめの風景でした。

「いじめ…か。何でああいうことしちゃうんだろうな…なぁ、止めに行くか?」

少年は歩みを止めませんでした。

止めたいのなら勝手にすればいいのです。

少年にはどこで誰がいじめられようと知ったことではなかったのですから。

人間として腐った奴らに関わりたくもなかったし、やり返さない二人よりも年若い男の子にも腹が立ってしまう前に立ち去るのが一番なのです。

この世界は本当に腐っています。

人間が人間同士を虐げて、自ら破滅の道へと足を踏み込んで。

巨人という恐怖からほんの少し隔絶されただけで安心しきっている家畜達。

本当に愚かしいことこの上ありません。

「…ったく。どうして淡白なんだよお前は…お、調査兵団が帰ってきたみたいだな」

門の開く音。

そして馬の蹄や荷台の車輪が鳴る音。

“英雄”のお帰りです。尤も、それは仮初めの名なのかもしれませんが。


自由の翼を背中に携えて今日も生還者達は重苦しく街道を歩いていきます。

彼らがかっこいいとは思いません。

だけれど、家畜暮らしをする今の人類よりかは何倍マシだと少年は思っています。

「あんまり今回も成果は上げられてないみたいだな」

それはいつものことです。

少年には調査兵団が何か歴史的な発見をした所なんて見たことがありません。

「今回は新しい兵隊も参加してたんだよな、確か。あぁ、あの人達だ、前はいなかったから多分そうだ」

それはひどく美しい女性でした。

ほんの一瞬だけでも少年の世界に色を付けるくらいに。

長い黒髪に黄金色の瞳。

とても新兵には見えません。

でも美しいだけでは戦いでは何の役にも立ちません。

今回は運良く生き残れたのかもしれませんが次にはきっと彼女は巨人の腹の中で短い人生を終えるのでしょう。

それでも彼女は凛としていました。

彼女の隣のいかにも真面目そうな男性兵士も凛としていました。

男性兵士の方は二人もよく見かけます。

いつも沈んだ空気の中でただ一人、重苦しい空気を出さないでいる珍しい兵士です。

今日も彼は生き残ったのかと、二人が周りに視線を巡らせれば、見慣れた顔は彼だけではありませんでした。

メガネをかけた女性兵士に、見るからに寡黙そうな口ひげを生やした男性兵士。

見知った顔は皆生き残っています。

「俺らも今年兵になるかどうか決めなきゃいけないんだよな…」

誰にともなく呟く親友の顔を少年は静かに見つめます。

きっと彼は悩んでいるのでしょう。

これから先どうするかを。

別に無理やり兵士になる必要などないのです。

誰もそれを強要なんてしていないのですから。


だけれど少年の心はもう決まっていました。

このまま変革を求めなければ何も変わらないで人生が終わってしまいます。

それかもっと駄目になるか。

例えば、この前都で見かけた性格の悪そうな奴ら。

あそこには大層有名なワルがいます。

実際少年は一度しかその姿を見たことはなかったけれど、よく覚えています。

そして、直感的に、あの男は嫌いだと思ったことも。

目つきの悪く、粗暴で近寄りがたい雰囲気の男。そのくせ身長が低いのです。

ああいうゴロツキに成り下がるのならば巨人の腹に食われて死ぬ方がよっぽど少年にとってはいいのです。

「お前はどうするんだ?」

向けられた真剣な眼差し。

だから少年も珍しく真剣な目つきでゆっくりと口を開きました。

答えを聞いて親友は笑います。

心底楽しそうに笑っています。


「はは、そっか。うん…お前らしいよ」
























「…ん」

ゆっくりと体を起こす。

上手く回らない頭で今が夢ではないのだと気づくと、彼は眩しい陽光に目を細めながらも帽子を手にとって目深に被った。

「ふふ、おはよう、ルイス」

「もうお昼過ぎですよ、先輩」

「よく寝てたよねー。しかも会議中に。もう終わったけどさ。私もレイラも起こさないようにリヴァイを説得するの大変だったよ」

「チッ…やる気がねぇ奴は追い出してやってもよかったんだがな」

「そう言ってやるな。ルイスは昨夜ずっと書類整理をしていたようだからな。休息も必要だろう」

「相変わらず甘いな…エルヴィンは」

夢の中で出会ったよく知りすぎた面々。

それはこの現代で見るとひどくしっくりくる。

絶対に関わらないだろうと決めつけていた者といる自分が何だか妙におかしくて、ルイスは珍しく穏やかに笑った。

「何て面だ、そりゃ」

「何か嬉しそうだね。いい夢でも見た?」

レイラからの質問に緩く首を振って、やっぱり彼は楽しそうに笑う。


「いや…案外世界は狭いんだなって思っただけッスよ」

目を懲らしてみれば、彼らとの繋がりはとうの昔に存在していた。

ただ気がつかなかっただけで糸なんて無数に。


そしてその繋がりはこれからも

彼らの未来を作っていくのでしょう。
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