こんな話をよく耳にする。

岸に羊が三匹いる。その岸には狼も一匹いる。羊は向こう側の岸に渡りたい。しかし羊は一匹以上でいないと狼に食べられてしまう。その上筏には二匹までしか乗れない。ここで人はどうしようか考える。

そして男は思った。筏に羊を二匹乗せて一匹は狼の供物にすればいいんじゃね?と。少なくとも二匹は無事だし狼はお腹いっぱいになるしで一石二鳥じゃん、と。死んだ一匹もこの先老いやら飢えやらで死ぬよりは一息に逝けていいじゃんか、と。一石二鳥とは何といい言葉なんだろう。





「帰れ」

にっこりと満面の笑みを浮かべるルイス。
目の前に同じくにっこりと微笑む男に言い放つ。

「いいじゃんか。別に死なないはずだし」

「帰れ。もしくは死ね」

終わらないこのいたちごっこ。

「だーかーら、命の保証ぐらいならできるからさ」

「そんな馬鹿でかい豆のどこに安全性を感じろっつーんだよ!何なんだよそれどうすりゃそんなのできるわけ…頼むから死んでくれよもう」

ロキが抱える大きな豆。酵母で試しに放っておいたらそうなったそうだ。
通常酵母で作られるものは人の頭ほどのものだが彼が持っているのはそれの三倍はある。

「酵母ででかくなっただけだって言ってんじゃんよ。ただの保存食だってば」

「ならお前が食え。もしくは一人で壁外行って巨人の餌にでもしてこい。そしてお前も餌になれ」

「ヤダね、オレは死ぬなら安楽死がいいのー。あのさぁ、別にルイスに食えって言ってるわけじゃないっしょ」

「貴様は馬鹿か。そこが一番問題なんだよ馬鹿。レイラ分隊長に食わそうとしてんのが駄目だっての、この馬鹿」

脇に抱えた巨大な豆。ロキはレイラにこれを試食させる為にわざわざここに来た。どうやって食するのか甚だ謎なこの物体。もはや食物なのかも謎だった。
そして当の被検体であるレイラはただ静かに二人の様子を見守っていた。

「ルイスー…いいよ、私それ食べるよ」

「はぁ!?何言ってんスか分隊長!!毒だとわかっているものをあなたの口に入れられるわけねぇッスよ!!」

「だからぁ、死なないっつの、多分。悪くても失神程度でしょうなぁ」

「てめっ…自分でもちょっと危険かもとか自覚してんじゃねぇか。しかし何で隊長じゃなきゃいけねぇんだよ」

「そりゃまぁ最初に尊敬するレイラさんに食してもらいたかったんだわ。これ本当だからルイス君、睨まないで。あと、上官達が早く処理しろってうるさくて」

「結局あとのが本音じゃねぇか。ちょっとは隠せ」

「というわけでレイラさん、召し上がれ」

「おい、勝手に話進めんな!よしロキ、歯ぁ食いしばれ。殴る」

「とか言いながら何で蹴りの準備してんの」


全くもってため息が止まらない。これでは話が進まないではないか。もうちょっと仲良くできないのかこの二人は。
いざという時のコンビネーションは完璧なのだが。

「もうそれ試食しちゃえば済む話でしょ?死なないなら大丈夫だよ」

「駄目ッスよ!!訓練兵時代、何人の人間がこいつの犠牲になったことか…」

「あれはまだオレはガキだったからねぇ」

「一体…何があったの?」

「こいつ、技巧の時間にこそこそ課題と違うもん作ることが多かったんスよ。そんでそれを飯の時間によく他の訓練兵のスープに仕込んで…」

「そ…それはまた器用な…それでその子達はどうなったの?」

「失神ぐらいならまだいい方でしたよ。中には倒れて二日間寝込んじまう奴とか、いきなり欲望丸出しにして女を襲おうとした奴とか…」

「えぇ!?そんな物質作るなんて逆にすごい!!」

「いやぁそれほどでも。でもあれは物質に薬品混ぜ込んでたからだよ。自分にもどうなるのかもわかんない未知の薬品投与さ」

「…その豆に薬品投与してんのか?」

「もちろん」

「死ねぇぇぇ!!」

「いだだだだ!ルイスさん!!だから何で蹴りなの!」

未知の薬品。まさかそれが豆の巨大化の原因か。では何か、自分もこれを食べれば体が巨大化でもするのか。そうなったら人間じゃなくてただの巨人じゃないか。

でも食べなければこの場の収拾は十中八九つかない。

「わかったから!もう食べるから!言い争いやめ!ほらロキ、早くそれ切り分けちゃって」

「了解っ」

「分隊長ぉぉ!!俺はまだあなたを失いたくはないッスよ!!」

「勝手に死ぬ前提の話しないの。というかロキ、どうやってそれ切るの?」

「刃物は今日持ってないんで手刀です。せいッ!!うわ固ッ!!痛い!!!」

「馬鹿だろ。やっぱお前馬鹿だろ」

「あ、でもいい感じに割れたよ」

ロキの痛みが実を結び、豆は一口食べるのにはいい感じに割れる。そこら中に破片は散ってしまったが。

「これ後で掃除だね…リヴァイにうるさく言われそうだな…」

「え、また兵長のお小言聞かなきゃなんないんッスか?最悪だ…あのチビめ…」

「おいルイス…何好き勝手言ってんだてめぇ」

「リ…リヴァイ!!!」

「うわっ出た!何スか兵長。勝手に部屋入ってこないでくださいよ」

「扉全開で馬鹿でけぇ声出して騒いでたくせに何言ってやがる。つかロキ、何だそのでけぇ物体は」

「へへ、オレの自信作その名も“巨大な豆”ですよ兵長さん。今からレイラさんに試食してもらうんですけど兵長さんもいります?」

「いるか。こっち持ってくんな気色悪ぃ」

「そうだ兵長が食えばいいんスよ!兵長、分隊長の代わりに死んでください」

「お前が死ね、んなことより何だこの残骸は。ルイス、お前が掃除しとけ」

「あーはいはーい。やっときまーす。よーろこんでー」

「あはは、ルイスやる気ないでしょ。兵長さん、それね、オレが散らした努力の証なんで掃除は無しの方向でお願いしやーす」

「ならてめぇとルイスで努力して片付けろ」

また始まった。リヴァイも一緒になって何をやっているのか。レイラは先ほどよりももっと深いため息をつかずにはいられない。

珍しく眉間に皺を寄せて彼女は机の上の皿におざなりになっている豆に手をのばす。

もし体が巨大化したら違う人生を歩んでいこうと大きな決意をして口にそれを運んだ。

「あぁぁー!!隊長何食ってんスか!!出して今すぐ出してください!早く!!」

「ん…?んー…?ただの豆…だね。ちょっと普通のよりしっとりしてる気がするけど…」

「ほらぁ、やっぱ普通の豆じゃないかよー。画期的な物作っちゃったなぁ。次はこれを量産させないと」

「調子に乗るな!遅効性の何かの可能性がまだあるだろうが!ねぇ兵長、次は兵長が試してみてくださいよ。…兵長?」

「……おい、レイラの様子が…」

「「え」」

皆一斉にレイラを見る。
視線の先の彼女は今にも倒れそう…いや、今にも寝そうなトロンとした目をしていた。

「ちょ…分隊長!?大丈夫ですか!?」

「ん…へい…き。でも何だろ…すご…く…ねむ…い…」

「寝たら駄目です駄目!隊長!?嫌です俺を置いていかないでくださいぃぃ!!」

「も…むり…何これ…」

ドサッとリヴァイにもたれ掛かるレイラ。全体重を彼に任せる。彼はどうしたらよいかわからずに黙って彼女を抱き止めている。

「兵長、死んでませんよね。分隊長死んでませんよね!?それと何ですか、その手は。分隊長に触らないでください。職権乱用ですか。セクハラですよ。くたばってくれませんか」

「…うるせぇ黙れ殺すぞ…おいロキ、てめぇ豆に何入れやがった」

「えと…ぶっちゃけますとね、何の薬品入れたかなんて覚えてなかったのですわ。まぁレイラさんが犠牲になってくれたお陰で睡眠促進の何かってことが判明したんで結果オーライっ」

「はぁ!?何だと!?貴様ぁぁぁぁ!!死ねぇぇぇ!!訓練兵時代の決着今つけてやらぁ!!」

「いででで!だから何で膝ばっか蹴るんだよ!」

「……お前ら…」

「動くなロキ!殴らせろ!!!」

「いや、どうせ蹴るんだよね」


その時、二人はびしりと冷たい空気を感じる共に、亀裂が入ったような音を聞いた。
後にロキはこの瞬間を語る。「あ、オレはこれから死ぬんだ」と思ったと。


「……お前ら…死にたくねぇなら静かにしろ、落ち着け」

「「…はい」」

「とりあえずこいつは部屋に連れて行く。お前らはその豆とっとと処分しろ。掃除もしとけ。いいな」

「えー…いいっスよいいっスよ。分隊長は俺が運ぶッスよ。兵長は大好きな掃除やってください」

「こいつの安全の為にもそれはできねぇ」

「あははは、確かに!ルイスは下心丸見えだからね」

「あぁ!?」


また何か始まる前にリヴァイはレイラを背負って部屋を出て行く。


廊下を歩く途中背中の重みにふと感じる違和感。

そういえば彼女がこうやって誰かの世話になることは初めてのような気がする。

いつも近くにいるようで遠くにいる。力では負けるつもりは毛頭ないが彼女は他者より半歩前に進み、追いつけやしない。そのくせ弱い。いや、儚く見えると言った方がいいかもしれない。



「ん…あ…あれ…?私…」

目を覚ましたらしいレイラが状況把握の為に周りを見回す。

「割と早く起きたな」

「え…?あれ、リヴァイ…!?何この状況!!」

「耳元で喚くな。うるせぇ」

「あ、ごめん…ってそんなこと言ってる場合じゃなくて…!」

そしてはたと気づく。
さっき自分はあの豆を食したこと、その後で急激に眠くなったことを。

「…そっか、私あの豆を食べて…ごめんリヴァイ、部屋まで運んでくれようとしてたんでしょ…?本当にごめんね、その…重かった…よね」

「こんな世の中で肥えられるほどのもんなんて食えねぇだろ」

「…それ重くないってことかな、ありがと…」

「…起きたんなら自分で歩け」

「まだちょっと眠いんだよ。このまま運んでくれない?お願い」

「………」

「ふふ…ありがと」
彼女の温もりを感じながら最後にリヴァイはぽつりと呟いた。

「……やっぱ重ぇ」

































「やっぱオレの考え間違ってなかったなぁ」

「…?何の話だよ」

「ん?結局、みんないい思いしたねって話」

「は?」

「あの二人は何となくいい雰囲気になったしオレは豆の詳細がわかって得したっしょ」

「ちょっと待て。俺だけ何も得してねぇぞ」

「そこは気にしない気にしない。あ、でもちょっとだけ考え違いだったかねぇ」



一石二鳥?いやいや、少し違ったな。

こんなに愉快な話は一石二鳥ぐらいじゃ勿体無い。



うん、一石三鳥ぐらいだったね。
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