「…というわけなんスけど。どう思います?」
壁外調査もなく、穏やかな日の光が心地よいある日の午後。
調査兵団本部の一室。
殺風景なその部屋の中にはルイス、リヴァイ、エルヴィンという珍しい三人組がいた。
何故このような図が出来上がっているのというと、時は太陽が丁度一番高い所まで昇っていた時間帯まで遡る。
二人が今後について大まかな話し合いをして一息ついていた所にまるでタイミングを見計らっていたかのようにルイスが訪ねてきたのだ。そして一介の兵士が団長と兵長を捕まえて相談を始めたというわけだ。
リヴァイは一通り彼の話を聞いてから、めんどくさそうに一言口にする。
「んなもん、単純に男が出来たんだろうよ」
「…団長もそう思うッスか?」
「断定はできないがおそらくは」
「えー…やっぱそうなんッスかねぇ…」
今まで頬杖をついていたルイスは二人の答えを聞くと力なく机に突っ伏した。
そして悔しそうに机をダンダンと叩いている。
「お前そんなくだらねぇこと言いにわざわざ来やがったのか?」
そのリヴァイの言葉に反応してルイスはいきなりガバッと起き上がり、彼を強く睨みつけた。
「くだらねぇとは何ッスか!!レイラ分隊長に男ッスよ男!!俺にとっちゃこれは死活問題ッス!!」
レイラに男ができた。そう、これがルイスの相談の内容だった。
事の発端は二日前になる。
二日前、ジャックがいつものようにドジを踏みハンジの巨人スイッチを押してしまい、暴走しだしたハンジから逃れるためアイリスとジャックを生贄にしてルイスが逃げるように部屋から抜け出した時のこと。
気疲れした体に染み入るように目に入ってきた廊下を歩くレイラの姿。
もちろんすぐに飛びつこうとした。が、全力疾走しかけた所でふと彼女が一人でないのに気づく。
隣には見慣れない男。ジャケットで憲兵団だということは理解できた。
紳士的な雰囲気を醸し出すその男。レイラとの身長差も完璧だった。それより何より彼女が笑っている。どこの誰ともわからぬ奴とレイラが大層仲睦まじく。
それを見たルイスはその後も尾行。そしてこの二日連続であの男と会っているという調べがついた。
結果、焦りを感じた彼は不本意だがエルヴィンとリヴァイに相談しようと思い立ち、今に至る。
「何が死活問題だ。そりゃてめぇだけだろ」
「はぁ!?兵長は気になんないんッスか!!隊長に悪い虫が寄り付いているというのに!!」
「しかし、悪い者ではなさそうだったのだろう?」
「そりゃまぁ…けど猫被ってるだけかもしんねぇじゃないッスか」
リヴァイはちらりとルイスを見た。
いつもレイラの前でだけ猫被ってるのはお前だとその目が語っている。
するとエルヴィンは少し思案した後、ゆっくりと口を開いた。
「前から気になっていたんだが、ルイス。君はレイラを一人の女性として、好きなのか?」
ルイスがレイラを大事に思っているのは重々承知している。
だがそれが恋情なのか敬愛なのかは彼にはわかりかねていた。多少話は脱線するが丁度いい機会だと思い問うたのだ。
この質問に戸惑うかと思っていたが、ルイスからは実に簡潔で単純明快な答えが返ってきた。
「はい。好きッスよ」
二人の目が驚きで少し見開かれる。
「あぁ、でも付き合いたいとかは考えてないッス。俺じゃ届きませんからね、あの方には」
「巨人と人間が結婚するくらい無理なことッスよ」と彼は事もなげに言った。
そしてルイスは時計を確認すると
「やっべぇ…!!ロキと約束してたんだった…!!すんません二人共!そういうわけで俺は失礼するッス!!あ、分隊長のことで何か変化があったら絶対教えてくださいよ!?じゃあ!!」
そう言って嵐のように部屋から出て行く。
やっと出ていったかとリヴァイが息をつこうとすると再度勢い良く開く扉。
「言っておくッスけど団長ならいいけど兵長が分隊長に手を出したら許しませんからね」
「とっとと消えろグズ」
今度こそ本当に出て行くルイス。
暫し訪れる静寂。その沈黙を破ったのは扉を開ける音。それはルイスではなく、一連の騒動の渦中の人。
「あれ?二人共いたんだ」
レイラが驚きながら入ってくる。その後ろにはハンジとミケもいた。
「あはは、偉い人達がそろったねぇ」
団長、兵長、分隊長が揃うこの光景は一般兵士が見たら、冷や汗がとまらなくなるだろう。
レイラはニコニコしながらリヴァイの隣に腰掛ける。
「丁度よかったー、みんな呼んでこれ飲もうと思ってたんだよね」
そう言いながら彼女は手に持っていた袋から瓶を取り出した。
その瓶の中には黒光りする豆がいくつも入っている。
リヴァイは怪訝そうな顔で覗き込む。
「何だそれ」
「コーヒーだよ。ロキが保存性が高くて美味しい種類の開発に成功したんだって。でもそういうのって先に試すのは大体憲兵団だからね。レイラが知り合いの憲兵から特別に譲ってもらったってわけさ」
知り合いの憲兵。
ハンジのその言葉にリヴァイとエルヴィンは反応した。恐らくルイスの言っていた人物と同一人物だろう。問題は意外にも早く解決した。
「そうそう。昔から仲良くしてる同期の人でね。頼んでみたらくれたの」
彼女は尚も嬉しそうに話している。
本当に嬉しそうに。
「ルイス達と飲んでも良かったんだけどたまには隊員以外と一緒がいいなと思って」
それは彼女なりの切なる願い。
いつ死ぬとも知れない前線の仲間達。そんな彼らと過ごし、各々の生を感じていられる時間がレイラは一番好きだった。
「よしっ…と。はい、できたよー。すごくいい香りだね!」
そしてできたコーヒーの完成度の高さに驚きつつ、レイラはそれぞれにカップを手渡し、一口飲む。
「うわ…すごい美味しい…!無理言って用意してもらってよかったなぁ」
「しかし、よく譲ってもらったね」
「どうせ色目でも使ったんだろ?」
「な…!!使ってないよ!まず使い方わかんないし!!」
「…………フッ」
「鼻で笑うなミケ!!」
ありふれた日常。だがこの世界では穏やかな時間が貴重なのだ。調査兵団ともなれば特に。
エルヴィンはそんな光景を眺めながら薄く笑った。
そして四人の話に割って入る。
「レイラは恋人は作らないのか?」
「え!?恋人!?あー…うーん…今はいいかな」
悩んだ末に彼女はそう言った。
「何で?レイラなら相手に困ることはないでしょ」
「いや、そういう問題じゃなくて…今はみんながいればいいかなって」
自分の隊の者達。そして今ここにいる仲間達。彼女にとってそれ以上必要な存在なんてない。
その上をいく特別な存在とやらにそこまで心惹かれないのだ。
共に笑い、戦い、そして生死すら共にする。そんな仲間達こそが特別。レイラの生き、戦う糧。それでいいではないか。
レイラはそんなことを考えながら今日一番の柔らかい笑みを浮かべてゆっくりと言葉を紡いだ。
「だからさ、これからもみんなが私の特別でいてよ」
返事はない。
皆は無言で再度コーヒーを飲み始める。
レイラの言葉は和やかな空気の中に溶けていき
レイラもまた、それに満足してカップに口をつける。
その中身は彼女には不思議と優しい味がするように感じていた。
(ロキー…分隊長に男ができたっぽいんだけど…)
(良かったじゃん)
(………殺すぞ)
(え、じゃあ邪魔すればいいんでねぇ?)
(………殺すぞ)
(何なのルイスさん今日めんどくさいよ、もう帰ってくんね)