「ミョウジおにぃ、暇そうだしわたしが遊んであげるー」
「西園寺様…お心遣いはとても嬉しいのですが、私のことをそう呼ぶのはお止めください」
「困ってしまいますから」と言って本当に端正な顔に困ったような笑みを貼り付けながらミョウジは西園寺に向き直った。
およそ南の島には似つかわしくない着物姿の少女とブレザー姿の少年。
バカンスに来たというのはあまりにも無理がある構図だ。
「じゃあおにぃも“西園寺様”って呼ぶのやめてよ」
膨れっ面をしながらそう言う西園寺。
本気で嫌がっていることを伝えようとしているのではなく、言葉には何か別の感情が込められているように感じられた。
それは羞恥だとか、諦めだとか、様々な想いがない交ぜになったもの。
案の定ミョウジは更に申し訳なさそうな困り顔をする。
「…申し訳ありません。私は執事ですから」
“超高校級の執事”
重苦しい肩書きは彼の本当を隠し、封じ込めている。
こんな所でまで律儀に執事を演じなくてもいいのにも関わらず。
だからこそ“超高校級”なんて呼ばれているのかもしれないのだけれど。
「ミョウジおにぃはわたしの執事じゃないじゃん!出会って間もない人にいきなりお嬢様扱いされるなんてキモすぎて引くんですけど」
何をムキになっているのだろう、自分は。
呼び方や扱いなどそんなこと気にした所で彼が変わることはないと、わかっているはずなのに。
彼と対等でないことが悔しいのだろうか、それとも、他の皆と同じように扱われることが悔しいのだろうか。
もし後者だとしたらそれはやはり。
「勝手ながら…それでも今だけは仕えることをお許しください。私から仕える相手を奪われてしまったら何も残らないのです」
何も言い返せなかった。何か余計なことを言って彼の価値観を否定したくなかった。
いつもなら次々と出てくる辛辣な言葉の数々も、今だけは喉の奥につっかえていて。
暫く俯き黙っていると、潮風が二人の頬を撫でる。顔を上げれば、目の前の仮初めの執事は穏やかに微笑んでいた。
「西園寺様は少し似ていますね。私がここに来るまでお仕えしていた方に…」
懐かしむように紡がれる言葉の一言一言から滲み出る愛情に酷似した温かな想いに思わず胸が締め付けられる感覚と微かな苛立ちを覚える。
その瞳の奥に存在する人物が彼の心を揺らしているのだと思うと怒りすら沸き上がってきた。
気づけばずいと背伸びをして、それでもまだ高い位置にあるミョウジの顔を下から覗き込むように睨んでやっていた。
「わたしはそいつじゃない!昔懐かしむとかおじいちゃんみたいなことがしたいなら余所でやってよね」
「さ…西園寺様…?」
「今おにぃの前にいるのはわたしじゃん!そいつじゃなくてわたしを見てよ!!」
こんな場所に閉じこめられたら懐かしい綺麗な思い出の一つや二つ思い出したくなるのも無理はない。
それをわかってはいたけれど、最後の方はほとんど我が儘みたいになってしまって。だがどうやら効果はあったようで、ミョウジは視線をさまよわせながら「あの」だの「その」だのと言葉になっていない声をもらしていた。
完璧な執事のようで彼はもしかしたら押しには弱いのかもしれない。
やがてミョウジは、砂浜に片膝をついて胸の前に手を置いたかと思うと次にはもう片方の手で西園寺の手をとった。
その顔には緩やかな微笑が湛えられている。
「申し訳ありませんでした。今私の目の前にいらっしゃるのは西園寺様だけです。振り返ることなど無意味でしたね」
まるで小さな子供にするような動作にほんの少し物足りなさを感じたけれど、今彼の瞳に映っているのは自分だけだと思えば、そんなことは問題にすらならなかった。
気づけば泣きそうだった自分はどこかに吹き飛んでいて、素直な笑みを浮かべていたのだった。
「ねぇ、前に仕えてた奴って女?」
「いえ、男性の方ですよ」
「ふーん…ならいいや」
「?」
(懐かしみ、前を向く先にあるものは)