今まで生きてきた世界そのものを否定し、新たに生まれ変わらせる為に存在しているのではないかと思うほどの閑散な森や山、そして古びた校舎を見つめて小さく笑んだ。
今まで聞いていた他の生徒達の喧騒も、教師の声も、そんな音から離れてみればあれはなんてことはないただの雑音だったんだと気づいてしまう。
今は誰もいない静かな空間だからこそ丁度よかった。
さく、と草を踏む音がして、ゆっくりゆっくりと私は草村で寝転がっている人物へと歩み寄っていった。
「集会はサボり?成績優秀な不良さん」
胸の内にあらん限りの皮肉と抱えていた小さな怒りの感情をぶつけるように声を発す。
上から見下ろして覗くその男の顔は驚き一色に染まっていて。
それが何だか気に入らなかったから私は顔に貼り付けた笑みを濃くした。
それでも、蹴りの一発顔面にお見舞いしてやれないのは、やはり惚れた弱みというやつなのだろうか。
「そっちこそ。本校舎の優等生がサボりなんてさ。ていうか何でいるの?」
別に驚いた顔や言葉が聞きたくてここに来たわけじゃない。だけど今は彼を出し抜けたことが意趣返しのようで何となく気分がよかった。
バッグを漁って一本のナイフを取り出す。
もちろん本物じゃなくてゴム製の。いつだったか家に来たスーツの人達がこれについて説明してくれたけれど私にとってはどうでもいいことだった。
今はただ、眼下のこの人にどうしようもない怒りをぶつける為の道具として役に立てばそれでいい。
顔には笑みを貼り付けたまま、私はそれを寝転がる彼の顔の真横にゴムがひしゃげるほど強く突き立てた。
「私もE組行き決定したから」
「…何それ」
「よくも私を置いていってくれたわね。当分は許さないから」
およそ噛み合っていない会話を繰り広げている自覚はある。でも今はそんなことは問題にすらならない。
連絡一つ寄越さずに勝手にE組に行ってしまったのはカルマの方が先だったんだから、私にだってやり返す権利ぐらいあるはずだ。
「別に隠してたわけじゃないし。いずれ知られることでしょ」
「それを隠してるって言うんでしょうが。まったく…心配する私の身にもなりなさいよね」
彼のE組行きを聞いた時、目の前が真っ暗になったような気がした。
全部が全部遠い国の出来事のようで。生きた心地がしないというのはきっとああいう感覚だと言うのはあながち間違いではないと思う。
真っ暗な道をどれだけ進んでもその先にカルマがいることはなくて。あるのはただ空虚な教室ばかり。
そうしてやっと掴める距離にまで近づけた存在に喜びを感じるより怒りが先に出てくる私は、多分相当の正直者なのだろう。
「それで、心配して俺のこと追いかけてきてくれたんだ?」
「ばーか。自惚れるなっつの。カルマの為じゃない、こんなのは私のただのワガママ」
息苦しい空っぽな校舎で過ごしたって何もおもしろくなんてない。つまらないんだ、そんなのは。
成績、高校進学、将来、上等だ。全部捨ててやる。
大切な人と笑って毎日を過ごすことができるのならおまけなんていらない。
こんな独りよがりな考えを他人の為だなんて、とんだお笑い話だ。
「カルマのE組行き笑った奴を殴ったのも、私をE組に入れないとあんたの評価下げてやるーって担任脅したのも…」
E組に行くというのは存外簡単なことではなくて。
追いかけて追いかけて追いかけて、やっとの思いで取り返すことのできた大切な人の隣。
「カルマの傍にいたいって思っただけの、ちっちゃなワガママなんだ」
彼の隣に腰掛ける。
不思議とさっきまで抱いていた怒りの感情は消え失せていた。
カルマはゆっくりと上体を起こして私の横顔を見つめた後、小さく笑う。
「ナマエって結構寂しがり屋?」
「…そうかもしれない」
今度は声を出して笑われる。何がおかしいんだという気持ちと羞恥がない交ぜになって顔が熱くなるのを感じながらも睨んでやっても、相も変わらず彼は笑っていた。
「追いかけて来たのはそっちだからこんなこと言うの変だけどさぁ…」
薄く開いた口からゆっくりと言葉が紡がれていく。
その姿にまた頬が熱を帯びてくるのを感じた。
「もう離れてやる気なんてないから。覚悟しといて」
「…なーに言ってんの」
(それはこっちのセリフだよ)