寂しがると同じ夢主です。
非常に面倒なことになったのかもしれない、と少女はまるで他人ごとのように限りなく澄んだ瞳を目の前の光景へと向けながら浅くため息をついた。
椅子に縛り付けられた体はどうにも動かず、やはり面倒でしかない。
「おい女、あいつの居場所を教えてもらおうか」
知らない男がよくわからない言葉を吐き出している。
あいつ、なんて抽象的なことを言われたところで理解できるわけはない。
本当はわかっていたけれど、どうにもこの男が気に入らなかったので蔑むような眼差しをくれてやったらお返しに彼の横にいた側近らしき小太りの男から腹に一蹴りもらった。
「お前が一方通行の女ってのは知ってんだよ、いい加減吐けや」
「別に故意に黙ってたわけじゃないわよ」
「何だと…?」
「そんな質問今初めて言われたもの。聞かれてないことは答えようがないじゃない」
「…てめぇ自分の置かれてる状況わかってんのか」
瞬間飛んでくる拳。もう片方の側近らしき者から与えられた衝撃にも少女が表情を崩すことはない。
むしろ微笑さえ湛えて、やがて嘲るように口内にたまった血液を目の前の男へと吐き出した。
「…人質にする相手間違ってるわよ」
「あ?」
「あなた達は私じゃなくて打ち止めを狙うべきだった」
全く持って呆れる。あの人はどれだけ周りに敵を作れば気が済むのか。
巻き込まれるこちらの身にもなってほしいものだ。打ち止めが誘拐されるよりはマシだったのだろうけれど。
いや、そもそも油断した自分が悪いのか。
少し考え事をしていたせいで周囲への警戒を失念していた。
「一方通行ならファミレスじゃない?今日三人で行く予定だったから。もう待ち合わせ時間過ぎてると思うけど…」
「どこのだ」
「どこだったかな、忘れたわ。なんせ襲われた時頭殴られたから」
あくまでも態度を改めない彼女に対する苛立ちが募っていったのか、この目の前の名も知らぬリーダー格の男は額に血管を浮き上がらせながらナマエの前髪を乱暴に掴んだ。
そのままずいと顔を近づければ初めて彼女の瞳がうっすらとした嫌悪感と共に暗い色を宿す。室内の空気もどことなく危険性を孕んだかのように警戒信号を彼らの頭の内に響かせた。
だが怒りで彼はそんな警鐘など気にしている余裕はないようだった。
「粋がってんじゃねぇぞクソ女…!痛みが駄目なら陵辱してやろうか、えぇ!?そんでてめぇの痴態あいつに見せつけてからあいつも殺してやる!」
ふつりと、何かが切れる音がする。
男がその違和感に気づくよりも先に室内は純粋な殺意に満ちていた。
「…あなたにそんな権利はない」
ぽつり呟かれた言葉には全てが込められていて。
窓など開けていないはずなのに彼女の薄茶色の髪の毛は微かに揺れていた。
「私の全ては彼のもの、とっくの昔に全部奪われて…そう決まってんのよ!」
僅か椅子から離れて宙に浮いた右足。そして力を込めて再び床を踏んだ時、けたたましい轟音と共に大地が揺れ、踏みしめられた場所からは半透明の結晶のようなものが鋭利な形を模して発射されて小太りの男の方を貫いていった。
「一方通行が私を救ってくれた時から…!私があの人を好きになった時からっ…!」
彼女にしては珍しい怒りの叫びは確かに大気をも震わせる。
「この指も足も腕も声も力も全部!死ぬまで一方通行に奪われたままなんだ!」
いつの間にか手の拘束から逃れたらしい彼女は彼らに怯む隙も与えずにまた半透明の鋭利な結晶を何もない空間から作り出し、もう片方の側近へと打ち出す。
男は避けようと体を捻ったが、何故か体が動かなかった。何か自分の体が固定されたような感覚だけが伝わってきて「何で」という乾いた言葉を最後に彼の体には結晶が沈んでいった。
残ったリーダー格の男は扉の方に後退りながら恐怖に染まった瞳で少女を睨みつける。
「お前一体っ…!しかも3や4なんてレベルじゃねぇ…!!!」
「…呆れた。襲う相手のことも知らずにいたの」
「念動力にしちゃあ規格外すぎるだろ…!!」
「私は大気中の色んなモノを使っただけよ。まぁでも…無知なら無知のままで逝きなさい、知る必要はないわ」
浮かべる笑みは美しく、それでいてひどく無慈悲だった。
そうして静かに終わりを迎えた彼女は部屋の片隅にあるベッドにあった奪われた荷物の中から携帯を出す。
何件もの着信履歴とメールに思わずまたため息が出た。
残された留守電メッセージを聞くのが恐ろしい。
今から待ち合わせ場所に行っても果たしてセーフ扱いになるものかどうか。
「随分とハデにやったな」
聞こえるはずのない声。いや、今は聞きたくはなかった声。
「一方通行!いつから見てたのかしら…?」
「お前が俺に全部奪われたとか何とか言ってたあたりから」
「…要するに大体全部ね」
怒りでまたも周囲への注意を失念していた。普段なら気づけるのに。
仕方がなかったとはいえ約束をすっぽかしてしまったことへの罪悪感や助けに来てくれたことへの嬉しさはあったが、今は大声で叫んでしまった発言を聞かれていたことへの羞恥の方が勝っていたのでナマエは視線を色んな方向へと泳がせた。
「奪われたって自覚あンならいちいち目の届かねェとこに消ンなよ」
「…ごめん」
「行くぞ。あいつがお前に会いたい会いたいうるせェ」
「ふふ、了解」
「笑ってンな」と叱られたけれど、緩んだ頬はやっぱり元には戻らなくて。
少しは心配したのかなんて自惚れながら彼の背を追いかけると、やがて不意に立ち止まる。
そうして振り返る彼の顔が見えたのと、体が急な引力によって傾いたのはほぼ同時だった。
次には唇に温かな感触。
ナマエは奪われた唇の熱に染みるような幸せ感じながら
静かに目を閉じた。
(私を奪うのはあなただけ)