拗ねる
王者洛山高校はその地位に甘んじることなく、日々の練習には抜かりはない。

毎日厳しい練習がある。それでも皆懸命に努力して強くなろうとしている。
葉山ももちろんその中の一人で尚且つ彼は練習そのものを楽しむようなタイプだ。にも関わらず、そんな彼が今日だけは妙にヘコんでいた。いや、拗ねていると言ってもいい。

「小太郎、いつまでもむくれてたら征ちゃんに怒られるわよ」

「だってさー…」

体育館脇で何やら話し込んでいる赤司とミョウジ。

話している内容まではさすがにわからないが部活のことなのだろう。いや、そうだと信じたい。

彼女は今日何か他に用事があったらしく体育館に来たのが普段より遅かった上に来てからはずっとああやって赤司と次の練習試合のことであれやこれやと話し込んでいるのだ。

先ほどからそんな二人の様子をずっと見ているのだが如何せん気に食わない、時折彼女が赤司に向かって笑みを浮かべる瞬間が。

あの笑顔は自分だけの専用であるはずなのに。

実渕もまるで練習に身が入っていない葉山を見て呆れたようなため息をついた。

「というか練習よりナマエちゃんって…それもどうなの。いつでも会えるじゃない。ちょっと征ちゃんと話してるぐらいで…」

「話してるだけじゃねーもん!」

「何だ何だ、お前意外と独占欲強いのかよ」

「うっせー筋力ゴリラ!」

彼女はマネージャーなのだからある程度は我慢してもらわなければ困る。

そんなことくらいいくら葉山といえどもわかっているはずなのだが。

何とか機嫌と調子を取り戻してもらいたい実渕だったが一度拗ねると立ち直らせるのはなかなか困難で。

「もっと余裕を持ちなさいな。嫉妬ばっかり拗ねてばっかりいないで。そんなんだといつか嫌われるわよ」

「え!?嫌われる!?」

意外な所に効果があったようだ。

嫌われるという単語に反応して途端にあたふたとしだす葉山にこれはチャンスだとばかりに実渕はたたみかけるように言葉を紡いでいった。

「そう。めんどくさい男だと思われたら終わりなんだから」

「マジで…!?」

「いつまでもミョウジちゃんが優しくしてくれると思ってちゃダメよ」

素直に全て受け止めてこれ以上ないほどの落ち込んだ表情を作る彼を純粋と言わずして何と言うのか。

ちょっと言い過ぎたかと思うよりも先にどんどんと負のオーラにとりつかれていく葉山。

そうして何かフォローの言葉を入れようと口を再度開きかけた時、明るめな高い声が背後から響いてきたことによってそれは中断された。

「二人ともー、赤司君から伝言が…って小太郎どしたの!?」

「ナマエ!ごめん!ほんとごめん!オレ我慢するから!」

「…へ?」

「赤司と話すの10分…いや30分なら平気なように努力するから!」

「ちょっ…ちょっと待って小太郎!全然追いつかない!とりあえず頷けばいいのこれ!」

困惑しきった顔で目の前の葉山と実渕を交互に見るもまったく理解できない。

その間も彼は何かを言っていたがはっきり言って耳には入ってこなかった。

ようやく落ち着いた頃にはもう何が何だかわからなくなっていて、ミョウジはただ目の前の大きな彼を見つめていることしかできなくなっていた。

「…小太郎疲れてるの?だから情緒不安定になってるとか?」

「違う、けど、練習はすっげー疲れる!」

「誰も練習の感想は聞いてないんだけどな。でもまぁちょうどいいかな」

彼が完全に勢いが静まったのを確認してからミョウジは柔和な笑みを湛える。

それは実渕から見たら先ほど赤司に向けて葉山が拗ねていたあの笑顔よりも数倍美しく見えていた。

「今日一緒に肉まん食べて帰らない?新しい味が最高なの」

「え?他のみんなとも行くの?」

「ううん、違う。小太郎と二人で行きたいの」

与えられる幸せはきっと拗ねていた気持ちを簡単に押しつぶしてしまうほど強力なのだ。

気づけば葉山は瞳を輝かせて彼女へと勢いよく抱きついていた。

「行く行く!絶対行くっ!」

「うわっ!もー、やっぱし情緒不安定なんじゃないのー?」

「それじゃ、今日は小太郎借りてくね」なんて言って葉山の頭を撫でる彼女に

実渕は呆れたようなため息をついて

ただ頷くことしかできなかった。


(取り扱い説明書の所有者はキミ)


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