ジーッと目の前の無機質で透明なレンズを向けられている。さっきからその繰り返し。
最初は気にしていなかったし、向こうも何も言ってこなかったため、特に反応を示すことはしなかったが、それが数分を超えた辺りでやっとナマエは不思議そうに口を開いた。
「十束?どうかしたんですか?」
言葉を受けた十束は緩やかな微笑を湛えて、ビデオカメラ越しではなく、真っ直ぐにナマエを見つめる。それでも撮影をやめようとはしなかった。
どうやらこれは十束の新しい趣味のようだがただ無言で撮り続けられるのも落ち着かない。
「みんなのこと一通り撮って回ってるんだ。さっきまで八田の所にいたよ」
機材を指さしながら笑ってみせる彼を見てやっと彼女も笑う。何か楽しそうなものが出来上がりそうだ。
暫くそうしてナマエのことを映していた十束だったが、やがて何か思いついたのか楽しそうに口元に弧を描く。
「せっかくだから何か言ってくれてもいいよ。ほら、今年の抱負とか」
「ふふ、それは年始めに言うものでは?」
おかしそうに肩を揺らすナマエ。だけれど次には人差し指を頬に当てて考え込むような仕草をする。
バッテリーの問題もあるだろうから長い間考えていることはできないが、せっかくだ。何かを記録として残すのはいいかもしれない。だがいくら頭をひねってみても、しっくりする言葉など浮かんではこなかった。
己の吠舞羅への想い、仲間のこと、どれも大切なことだし、伝えるべきなのだろうけれど、何となくそれは今更吐露すべきではないような気がする。
だけれどそれは同時に今言っておかなければ誰かに対して一生後悔するような気もしている。何とも不思議だ。仲間は誰一人として欠けてなどいないのに。
ふと前を向くと十束は相変わらず柔和な笑みを湛えて発言をじっと待っていた。
その視線に何となく耐えられなくてナマエはゆっくりを口を開いていく。
「これって誰かに見せますか?」
「ん?そうだな…気が向いたら見せて回るかも」
ここで自分が語ったことを誰が聞くのかはわからない。草薙か、八田か、あるいは他の皆か。
それなら誰が聞いても、見てもいいような言葉を残そう。
家族のような彼らが聞いて、少しでも笑みをこぼしてくれるような言葉を。
「私、ミョウジナマエはずっと吠舞羅と共に在ることを誓います」
するりと不思議なほどすんなり口からこぼれ落ちていった言葉はあまりにもシンプルで、それでいて想いの全てが集約されていた。
恐らくこれだけで十分なのだろう。言葉など本当はいらないのだから。もしかしたらただ確かめたかっただけなのかもしれない。自分自身の覚悟だとか、決意だとかの強さを。
そうして静かな微笑みを浮かべていたナマエの言葉を噛みしめるように聞いていた十束はほんの少し機材を持つ手に力を込めた。
「ねぇ、俺は?俺個人には何も言ってくれないの?」
それは僅か拗ねたような響きを含んでいて。吠舞羅全体にそこまでの想いの強さと表情を示して、そして見せておいて特別な一人には何もないだなんて不満を抱いても仕方がないとでも言いたげな瞳で尚も彼は彼女を見る。
ナマエは一瞬困った風に眉を下げたけれど、それは本当に一瞬で、すぐにその瞳を見返す。
「私の特別は、これからも、ずっと十束だけであることも、誓います」
これが永遠の契りだったなら、なんと幸福で、そしてなんと不格好なものであったことだろう。
だがそんなのも悪くはないのかもしれない。
「うん、好きだよ、ナマエ」
夕日のせいだなんて言い訳もできないほどに彼女の頬が朱色に染まる。視線も落ち着きなくそこら中をさまよっている。不格好でも、雰囲気なんかまるでなくても、こうしてかわいらしい彼女を見ることはできるらしい。
そんなことを考えていると、ナマエは思い出したように今度はしっかりとその眉を垂れ下げて苦笑した。
「えー…と、とりあえず今のシーンはカットしてください」
「もったいないけど、お蔵入りにはなるかな」
(こんな君はもう誰にも見せられない)