ネオン輝く学園都市を見下ろせるほど高いビルの屋上で、少女は空っぽな瞳でそんな夜の街をガラス玉のように反射していた。
後ろから誰かが近づく気配が、靴音がしても変わらない。
ほんの一瞬だけ穏やかさを含んだ風が吹き抜けたけれど、やはり何も変わらなかった。
距離が徐々に近づいてきても、ただ少女は前だけを見つめ続ける。
「打ち止めは?」
その声はひどく淡白だった。だが慈愛も確かに込められていて。
「連れてきてねェよ。随分会いたがってたけどな」
「…そう」
打ち止めがいないことが、寂しいのか、安心したのか、それすらもわからない。
だが最近は打ち止めのことばかりを話題に出していることが、今まで変わることのなかった彼女の顔に寂しげな自嘲を生み出した。
一人になるといつも思う。
一方通行の隣にいる自分の存在意義。
打ち止めを守るために、打ち止めのためにと、そればかり。全てあの小さな存在を介してでなければ隣に立つことができない。
「あいつのことはいい。お前はこんなとこで何してんだよ」
「“あいつのことはいい”ですって。…嘘ばっかり」
何を今更、と掴みかかって叫べばよかったのだろうか。
打ち止めのことばかりを気にかけるくせに、押しつぶされそうになった時に限って降りかかる彼からの言葉。
カラカラと乾いた笑いが辺りを包み、彼女は心底おかしそうに肩を揺らして笑った。
「そうじゃない…そうじゃないでしょう、一方通行」
気にかける相手は自分じゃない。あの子は一方通行がいなければ、守ってやらなければすぐに命の危険にさらされる。
己を守る術を持つ自分など、放っておけばいい。
「あなたが守るべきなのは…傍にいるべきなのはあの子」
自分自身に言い聞かせるように、振り返って真っ直ぐに彼だけを見つめる。
ゆっくりと歩き出すその足は、やがて屋上の端へと辿り着き、足場のない空中へと踏み出された。
重力をまるで無視したように空中に浮く少女の姿はひどく寂しげで。
「今ここで私が能力を解いても、死んでも、あなたは打ち止めを守るの。私は助けなくていい」
何を言っているのだろう、自分は。
こんな話を聞かされたとて、一方通行が意味を理解できるわけはない。
だが一度言葉に出した悲しみは、波となって体を支配していく。
生まれて拭うことのできなかった寂しさは、きっと死ぬ直前まで自分を苛み続けるのだろう。
微苦笑を浮かべて瞳を揺らす少女を一方通行はただ黙って見つめていたが、やがて呆れたようなため息と共に数歩彼女へと近づく。
「今日はよく喋りやがるな。しかもくっだらねェことを…」
「私の人生初の演説に、随分な感想ね」
「それがマジの演説だったら相当哀れだぜお前」
だるそうに首に手を当てながら、それでも少女からは目を離さずにゆっくりと彼は口を開く。
「…で?結局のところ何が言いてェんだよ」
「相変わらずね。少しくらいあなたと打ち止めのために見栄を張らせてはくれないのかしら」
泣きそうな顔で必死に言葉を紡ぐ。
気遣っているのだか他人の内側に土足で入り込もうとしているのだかわからない。
だがきっと後者の理由だと思う。彼はそんなに器用な人ではないということを知っているから。
そして自分も、彼と同じくらい不器用だから。
「最近あなたが打ち止めのことばかりで寂しかった」
「…くだらねェ」
「…だから言いたくなかったのよ」
「お前自分のこと卑下しすぎだろ。マゾ思考の女に惚れた覚えはねェぞ」
「えぇ、私も知らなかったわ」
呆れかえった一方通行に苦笑を返せば、訪れるのは沈黙。
やがて少女は静かに伸ばされた彼の手を優しく握って
体ごと飛び込んでいった。
(寂しさが募ればきっと幸せが来る)