「あったかい」
握られた手の感触を逃がさないように指を絡める。
でもどこかでは躊躇いとか怯えが頭の片隅から離れなくてやけにぎこちない動作だったと思う。
どこまで踏み込んでいいのかがわからない。
強く握ってもいいのだろうか。変に思われたりは、しないだろうか。
わからないことだらけ。
だけど触れ合うこの温かさだけは確かな幸せとなってゆるりと私の体中に広がっていった。
「夏目君はあったかいね」
「そりゃあ、おれは妖じゃないから」
穏やかな声で語られたその一言はひどくくすぐったくて。
妖が見えなくなってもうどれくらいの時が経ったのだろう。今でも目を閉じれば夏目君と一緒に走り回っていた日々が鮮やかな記憶として思い出される。
永遠に続くのかと思うほど繰り返されていた出会いと別れ。
そのサイクルを一方的に打ち切られたことが悲しくないと言ったら嘘になる。
だけれど、訪れた静けさと何もない無地の景色はほんの少しの寂しさと一緒に染み込むような嬉しさを私へと運んでくれた。
「そう、夏目君は妖じゃない…」
見えなくなって、それでも変わらず隣にいてくれた彼。
触れれば温かいし、傍にいれば落ち着く。
妖が見えなくなったことは、前のように妖事で二人目まぐるしく走り回る日々ではなく、優しい陽光の差し込む縁側で穏やかな時を過ごす幸せを与えてくれた。
「私、本当はどこかで夏目君は妖なんじゃないかって思ってたのかもしれない」
「それを言うならミョウジだって」
「ふふ、私が妖かもって?」
「少しね。だけどもうこれでミョウジは危険な目に合わなくていいんだ」
心底嬉しそうに笑ったのは、本当に私を想ってくれているからなのでしょう。
見えなくなったと知った時の夏目君はとても嬉しそうだったこと、今でもよく覚えているから。
「でも…私は忘れない。今まで会った彼らのこと」
もう妖には触れられない。
それは言ってしまえば彼らとの最後の別れだということ。
でも得られたものは確かにある。
「夏目君はいきなりいなくなったりしないでね?」
「ああ、約束するよ」
触れたら溶けて消えてしまいそうな笑みを浮かべる夏目君に私は笑みを返して、彼との距離を縮める。
どこか物足りない景色の広がる縁側に寄り添う二人。
やがて私は存在を再確認するように
彼の方へと手を伸ばしていた。
(触れればあなたはそこにいる)