肉を焼く音、スープが煮立つ音、漂ういい匂い。
全てが食欲をそそるには十分すぎる。一つだけ不満があるとするならば、それは料理ができるまでのこの時間がまるで拷問のように感じられることだけだろうか。
それでも笑みは絶やさない。
忙しなく動き回る小さな背を眺めているだけでそんな独りよがりな不満なんか簡単に吹き飛んでいった。
「お待たせ!」
テーブルに置かれたハンバーグは何もかもが完璧で言い過ぎかもしれないけれど何だか非現実的なものを見ているみたいだった。
「これはいつもより自信作だよ!ほら、この堪えきれずに切る前から溢れる肉汁がまるで夜のナマエちゃんの下半…」
「ぎゃー!!何てこと言うのー!!!!」
思わず彼の口を手で塞いで止める。
所かまわず隙あらば投入してくるこの下ネタのせいでせっかくの料理も台無しだ。
いつか何かの罪で捕まるのではあるまいか。
「本当はフルコースにしてあげたかったんだけど…」
そういえば前に花村の作ったフルコースを食べてみたいと言ったっけ。
自分ですら忘れていたのに彼はずっと気にかけてくれていたらしい。
しょんぼりとする己の恋人に、不思議と胸が温かくなると言ったならそれは薄情な女になるのだろうか。
「いいよ。気にしないで」
「でも…そうだ!じゃあデザートはナマエちゃんの食べたいもの何でも作るよ!」
「おむすび」
言い終わったか終わっていないかのタイミングで返ってくる返答。
歪みない意思の込められたその単語は清々しくすらあったが、それでも花村の心に動揺を産み落とした。
「おむすびがいいの」
甘ったるいほどの笑み。それこそデザートのような。
同時にジリジリと胸の奥底からゆっくりと焼かれているような感覚が全身を支配していく。
「わ…わかったよ。よーしそれなら特別に何か入れちゃおうかな。ほら例えば…媚薬とか」
「んー…すぐおかしくなるのは嫌だから、入れるなら遅効性のにしてね。それじゃ、ハンバーグいただきまーす」
「え、えぇ!?ちょっとナマエちゃん!?今のは一体どういうこと!?」
慌てる花村をよそにナマエは美味しそうにハンバーグを頬張っている。
からかうつもりがとんでもないカウンターだ。
恥ずかしがり屋のくせに変な所で大胆。いや、天然とも言えるか。
そんな彼女を思い慕い続けている内に
いつしか心は焼かれすぎて
真っ黒焦げになっていた。
(焦がれたのは君、焦げたのはぼくの心臓)