温もりが手を通して体中に広がっていく。抜けていく体温を補うみたいにじんわり感じられるそれは生の灯が弱くなった己には強すぎて、まだ惨めにも生にしがみついていたいという欲望を胸の奥底に植え付けた。
血で汚れた手を握るなんて彼らしくない。
いっそ捨て駒のように、突き放すように死にゆく自分を見ていてくれたなら、彼を想って死を恐れることなどなかったのに。
「…死ぬな」
傷からとめどなく流れる鮮血が、切なげに呟かれた彼の命令を遂行することはできないと主張する。
力強く手を握られても痛みなんかもはや感じなかった。
「……なんて顔…してるんですか…」
普段の仏頂面からは考えられないほど瞳に動揺の色を塗り込めて。思わず笑ってしまう自分に、また苦笑した。
不思議と言葉だけはすんなり口からこぼれていく。
それは巨人に食われ、あまりにもあっけない人生を送った自分へのせめてもの救いにと、神が許してくれた会話の時間だった。
「…お別れですね、また…会えるかな…」
「別れになんてさせねぇ、すぐに荷馬車に戻って…」
「ふふ…わかってる…くせにっ…」
あれだけ死に触れて、感じてきた彼がわからないはずがない。
もう別れの時はすぐそこまできている。永遠にも等しき別れが。
本当は伝えておきたいことは山ほどあった。
彼から与えられてきた幸せに対する感謝を言葉に乗せて。
だがいざという時に喉の奥につっかえているみたいに声が出てこない。
それが悲しみからなのか、傷の痛みからなのかはわからなかったけれど。
「……兵長…」
意識が徐々に遠のいていく。リヴァイから「しゃべるな」と言われても、口は勝手に動いていった。
「私のこと…忘れないで」
死ぬ直前まで馬鹿みたいにあなただけを愛し続けた女がいたことを。
私はあなたに会えて幸せでした。
あなたからもらった不器用な愛情全てが、私にとっての幸せでした。
さようなら
私の大好きな人。
「…馬鹿野郎」
最後に聞こえたその一言は
最初で最後の彼の涙声だった。
(永遠の別れなんて、いらなかった)