「どうした?」
無機質な部屋で静かに響いた短い一言は隣に佇むナマエの鼓膜を揺らす。
先ほどからただ執務をこなしているだけなのに彼女はどこか楽しそうで、じっとこちらを見つめている。何を言うでもなく手元を見つめてきたり、横顔を盗み見るように見てきたり。
そうして柔和な笑みを崩さずに、彼女は口を開いた。
「あ、ごめんなさい。鬱陶しかったですか?」
「いや、仕事が終わるまで待つように言ったのは私だ、いるのは構わないが視線を感じたからな…」
催促するような視線ではなかったからこそ余計に不思議な感覚で。
暖かみを含んだ柔らかな眼差しは妙に己の心を溶かしていく。
不思議な女だと、改めてそう思う。何が楽しくて男の仕事風景を不満もなしに見ていられるのだろうか。もっとも、そんな女を大切に思う自分も大概なのだろうけれど。
「私団長の仕事してる姿を見てるの好きなんです」
穏やかさを含んで響く言葉はよく意味がわからないものだった。
極普通の仕事風景が一体彼女にはどのように映っているというのか。
全くもって意味がわからなかったがそれでも隣の彼女は大層楽しそうに微笑んでいる。
「別におかしな姿ではないと思うが」
「おかしいとかそういうんじゃないんですよ」
多分それは簡単に言葉では言い表せないもの。あやふやで掴めなくて、それでもナマエの奥に確かに存在しているもの。
一瞬虚空を眺めるように視線を空へとやっていた彼女だったが、次にはまたエルヴィンをじっと見つめ出す。
やがて結論に至ったのか、人差し指を立てて、まるで子供のように無垢な笑みを作った。
「要は、私がどれだけ団長のことが好きなのかってことです」
相変わらず意味がわからない。きっと意味を問うても彼女が答えてくれることはないだろう。
だけれど不思議と穏やかな心地になった。
そして同時に少し恥ずかしくもなった。こういうことをさらりと言えてしまうのが彼女らしさの一つでもあるのだろうけれど。
何か言い返してやりたくなったが、やはり言葉は簡単には出てこなくて。
「…そうか」
短い返事は静かな空間に溶けていって
またいつものように彼は彼女の視線を受け入れていった。
(視線はきっと毒になる)