最初は単純に、綺麗に笑う奴だと思った。
とりわけ意識なんてしてなかったし、ただの友達としか考えたことはなかった。
だけどそれはきっと今にして思えば、そう感じること自体がもう全て始まっていたんじゃないだろうか。
「あれ?夏目君達はまだ来てない?」
「ああ、だけどもうすぐ来るだろ。先に上がって待っててくれ」
柔和な笑みを浮かべて頷いたミョウジは田沼の指示に従ってゆっくりと彼の家へと足を踏み入れた。
今日は夏目や多軌達と共に田沼の家へと訪れることになっている日。
他の面々よりほんの少しだけミョウジが来るのが早かったようで、彼女は一足先に彼の部屋へと案内されていった。
涼やかな風が吹き抜ける畳の部屋は心地よくて、ミョウジはその穏やかさに浸かるように一瞬目を閉じてから、また開ける。
その時にはもう目線は天井へと向けられていた。
「んー…やっぱり見えない、か」
「ミョウジ?」
残念そうに苦笑する彼女が言っているのは恐らくあの天井に映る水紋のこと。
前に一度話したことがあったことを覚えていたのだろうか。
彼女は妖が見えない。気配を感じ取ることもできない。
だけれど、彼女は時々夏目のように、見えているみたいな眼差しを世界へと向けることがある。
そのガラス玉のような瞳は綺麗で、同時にひどく現実離れしていて。
「私も見てみたいんだけどな。気持ちだけじゃ駄目なのね」
本当に見えていないのか、と。そう問おうとしてやめた。
答えなんて、そんなのは決まりきっているから。
もしかしたらそれはただの言い訳で、本当はただもう少し、天井を見るミョウジの横顔を見ていたかったというだけだったのかもしれないのだけれど。
「田沼君が羨ましいなぁ」
「夏目じゃなくてか?」
ふわふわと笑いながら頷くミョウジはやっぱり綺麗で。
それはきっと、美しい景色を見たりして思う感情とは違う。
ゆっくり、ゆっくりと、落ちるみたいにはまっていって、その奥底にある気持ち。胸を抉るような感覚を一瞬覚えたけれど、決して悪いものではない。
「私は、田沼君の見る景色を見てみたいの」
紡がれた言葉が頭の中に響いて離れないようになった時には彼女から目を離せなくなっていて。
彼女の見る景色も見てみたいと、純粋にそう思った。
やがて吹き抜ける風もいつしか淡い色を帯びて
優しく頬を撫でていった。
(惚れる一瞬なんて、気づけやしない)