その日、陽泉高校が、いや、秋田の大地が震撼した。
「おいマネージャー…!お前今なんつった…!?」
「聞き間違いに決まってるアル。ありえないありえない」
まるで今世紀最大の驚きを与えられたかのようにしている福井と劉とは対照的にミョウジはのほほんとしながら小首を傾げる。
「え?ですから、岡村先輩ってかっこいいですよね」
「うわっ!やっぱり聞き間違いじゃなかった!」
「あんなのただのゴリラアル。ケツアゴリラアル。モミアゲすごいし」
ドリンクの入った籠を機械的に移動させながら彼女は虚空を眺めて何やら考え込む。
岡村本人がすぐ傍にいるのに好き放題言いまくる二人に岡村は泣きそうだったが顔には照れの色が見て取れた。
「モミアゲとかも男らしくていいじゃないですかー」
「…物は言い様だな、そうとるか…!」
「ねぇねぇ室ちん、ナマエちんって男の趣味悪いのー?」
「趣味が悪いというか許容範囲が広いっていうんじゃないか、この場合」
「許容範囲広すぎてもはや女神の域に達してんじゃねーか」
「お前らワシに対して失礼とか思わんのかい!!」
ミョウジだけは何故そんなにも話題が広がっていっているのかわからないようで相変わらず首を傾げるばかり。
ただちょっと本音を口にしただけなのに。
それを言ったらまた混乱が広がるだろうから言えなかったけれど。
大体もっとラブレターだって彼はもらってもいいはずなのだ。そんなことを言う勇気はやっぱりないが。
「ミョウジさんはきっと中身で人を判断するタイプなんだね」
「それもそれで言い方ひどい!」
「でもこの前ナマエちん雑誌見て黄瀬ちんのことかっこいいって言ってなかったっけ?」
「うんっ、黄瀬君も同じくらいかっこいいもの」
「一緒にした!モデルとこいつを一緒にしやがった!」
「モデルと比べたらアウトアル。月とゴリラアル」
「月とゴリラって何!?そんなことわざないからね!?」
練習そっちのけですっかり話し込んでしまっている全員。
恐らく今荒木が戻ってきたら全員竹刀でシバかれることは確実だろう。
だがそれよりも皆この癒し系天然マネージャーの爆弾発言の方が気になっていたのもまた事実で。
「じゃあお前岡村とつき合えるか?そう考えると無理だろ?」
「んー、つき合えますよ、お兄ちゃんみたいでいいと思います」
「お兄ちゃんってか叔父さんだろ」
「いくらなんでもひどすぎる!よーし、ならミョウジ、この陽泉レギュラーメンバーでつき合うとしたら誰じゃ」
突然の岡村からの質問に背の高い者達から発せられるオーラが途端に濃くなる。負けず嫌いなのかなんなのか。
氷室だけは重く捉えずに柔和な笑みを湛えていたが。
暫く答えについて考えていたミョウジだったが、徐々に頬には赤みが差していって、彼らから逃れるようにじりじりと後ろに数歩後ずさった。
「あ…あああのっ、そういうのってホイホイ口に出さない方がいいような気がっ…えと、そのっ」
「何で後退るアル」
「まさか…いんのか?この中に好きな奴」
「ねぇ誰?ナマエちん誰のこと?」
ゆっくり歩み寄る男子達。
ミョウジはパニックになりかけながらも一瞬の隙をついて外へと逃げるようにダッシュした。
いや、逃げるようにではない。逃げた。
「あっ!待てこら!」
「アツシ、確保」
「了解、室ちん」
「お…追いかけて来ないでください…!」
どうせすぐに追いつかれるのだろうけれど今は逃げるより他はない。
ミョウジは涙目になりながら暫くの間走り回っていたのだった。
「助けてください荒木監督ー!!」
(逃げの恋だって正解でしょう?)