最期まで光だった
窓の外に見える大きな王宮。あの豪勢で嫌みったらしい輝きを保つ為に犠牲になった者達は一体何人になったのだろう。

最初の内は目に見える範囲内で数えていたけれど20を超えた辺りからその作業はやめた。虚しかったからとかではなく、ただ死体を見ていちいち涙ぐんでしまうそんな自分に嫌気が差して。

そうして重たい思考にのみこまれそうになって慌てて首を横に振る。

「…変なの」

「何がだ?」

突然聞こえてきた声にナマエは大袈裟なほど体を揺らして振り返った。

それと同時に手に持っていた武器を落とす。無機質な音が室内に響いても、すぐには拾おうとはしなかった。

黒光りする武器。名前は忘れた。あまり長ったらしい名前ではなかったことは覚えているのだが。

「変って、何がだよ?」

ナマエの思考など知らない目の前の人物、カシムは訝しげに黙って眼下の武器を見つめている彼女に再度問いかけた。

「変わらないなぁって思って」

意味がわからないのかカシムは眉間に皺を寄せて首を傾げるばかり。

不可思議なことを言っている自覚はある。だけれど、うまく言葉にできない感情を抱えているのもまた事実だった。

「私達の団はこんなすごい武器を手に入れたし、アリババだって来てくれた。なのに目に見える変化がないの」

こんなことを言ったら彼は怒るだろうか。

でもそう感じてしまったのだから仕方がない。相変わらずこの国の王は豚のような身体を揺らしてふんぞり返っている。

「何言ってんだ。変化なんてもうすぐ来る。俺らが王族をぶっ潰すんだろ」

「まぁ、そうなんだけど…」

「まだ何かあんのか?」

多分本当の考え事の核は別にある。

変化を起こす際にこれからすること、それに対する罪悪感はないと言ったら嘘になる。

本当は争いなんか起こさずにどうにかできる策も考えたらあるのかもしれないし、血を見ないで済むのならそれに越したことはない。
こんな不気味な武器を使わなくてもいい道が。

無言で考え込むばかりのナマエを呼び覚ますようにカシムは力強く彼女の肩に手を置いた。

「おまえまさか…今さら怖じ気づいたわけじゃねぇだろうな」

射抜くような彼の瞳。恐怖を感じてもおかしくないほどの視線を受けても、自然と口元には柔らかな笑みが浮かんでいた。

そんな言葉をかけてくれた嬉しさと少しの自惚れ。まだ自分はちゃんとカシムに必要とされていることが実感できているようで。

「違うよ。今まで散々あなたと色々やっていたのに、そんなわけない」

「ならいいけどよ…」

笑みと言葉に安心したのか、彼は肩に置いた手の力を弱める。

何故だろう。大体の奴はどうでもいいのに、彼女だけは手離せない。

失いたくない。傍にいたい。触れていたい。これから歴史を変えるほどの大仕事をしようというのにそんな甘ったるい感情を抱いている自分に苦笑してしまう。

ナマエの考えていることはよくわからない。
多分彼女は争うことはしたくないんだと思う。でもこの国の現状を憎んでいる気持ちも持ち合わせているから、その小さな矛盾の中で悩むことも多いのだろう。

アリババと似ていると最初は思っていたけれど、少し違う。スラムの子供らしくナマエは盗みでも何でもやった。だけれど、どれだけ人として汚れていっても、不思議といつだって彼女は笑顔でいた、とても綺麗だった。

そんな彼女だからこそ温かく感じたのかもしれない。
ナマエはいつだってカシムの唯一の光だったのだから。

「なぁ、もしこの国が変わっても、俺が王になったとしても、おまえは俺の女でいてくれるか?」

「そんなの、当たり前でしょう」

いつまでも、どこまでも、あなたが闇に堕ちきってもついていく。
そう言葉にしかけたけれど、それは重ねられた彼の唇によって中断された。

短いはずのその口付けは、まるで永遠のようで。
小さなリップ音に名残惜しいなんて思う暇もなく、彼は離れていく。

「…おまえは染まらねぇな」

「何でなのかな」

「知るかよ」

どれだけ憎しみを募らせようと綺麗なままでいることのできる彼女。

だからこそ自分の中に消えない光として存在しているのだろうけれど。

「好きよ、カシム」

ほら、こんなたった一言で

自分はまた溶かされていく。

















暖かな陽光を体一杯に浴びながら、ナマエは窓枠に手をかけてジッと空を見つめている。

「ナマエ!飯の時間だぞ」

明るい声に弾かれたように振り向けば、そこにはアリババとアラジンの姿。

「あ、ごめん。また時間忘れちゃってた」

「…カシムのこと、考えてたのか?」

疑問に微笑で答えれば、場には沈黙が降りる。

別な気まずい空気なんか作るつもりはなかったのに。気を遣ってくれているのだろうが、そんなことはしなくてもいい。

「俺があいつのことちゃんと救えてたら…」

「アリババのせいじゃないわ」

彼が堕ちることはもう何となくわかっていた。

自分じゃどうしようもできないこともわかっていたから心のどこかでは諦めていたのかもしれない。

「ねぇ、アラジン君、アリババ」

静寂を打ち破るように笑みを浮かべながら、ナマエはゆっくりと口を開く。

「カシムは私の光だった」

二人の顔はわかっているとでも言いたげで。

ナマエは構わず言葉を続けた。

「私は彼の光には…なれていたのかな?」

「当たり前だろ!カシムは最後までお前のことを気にかけてた」

「僕もそう思うな」

「…なら、いいわ。二人ともありがとう」


いなくなっても尚、私の心を縛り続けるあなたは

これからもきっと私の中で

光として生きていくのでしょうね。


(だから私は堕ちないでいられるのだわ)


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