言葉だけでは飽きたらぬ
「悪い人ね、シンドバッド様は」

宴の喧騒から離れた場所で、月の光に照らされたシンドバッドと紅玉の姿を憂うように見つめながらナマエはぽつりと呟いた。

別に紅玉を哀れんで言ったわけではない。だけれど、彼にはそう聞こえたのだろうか。
隣に佇むジャーファルは困ったような笑みを浮かべている。

「でも、仕方のないことですよ」

「…使える札は、多い方がいいものね」

歩みを止めることのない自国の王の背中は、とても大きい。

それはこの先にある途方もなく強大な何かを見据えているから。

ざわりと蠢く心臓の鼓動に合わせるように、風が吹き抜ける。

「ついていかなくてはね、一生」

王がいくら昔と変わっても、揺らぐことはない忠誠心。

まだ幼い少女の純情さえも踏み越えて成し遂げなければならないことがあるのだから。

これで自分が彼女の立場だったなら、耐えられる自信はないけれど。

そうして隣のジャーファルに目をやれば、彼は今度は複雑そうな表情をしていた。

「少し、妬けますね」

妬けると言われ、思わず固まってしまう。今までの態度や言動のどこにそう思われる要素があったのか。

「何で妬けるの?私、今日一日で何かしたかしら?」

「いや、ナマエのその忠誠心があまりにも純粋で羨ましいなと思っただけですよ」

ほんの少し不機嫌そうな彼の口調に思わず小さく笑ってしまう。

忠誠心を羨ましいなどと言ったらシンドバッドに怒られるのではあるまいか。

自分がジャーファルに向けている想いはもっと尊いものだと知っているくせに。

「私があなたが好きよ、ジャーファル。あなたは愛情より忠誠の方がいいって言うの?」

慌てたように首を振る彼はとてもかわいらしい。

面白がるように反応を見ているナマエが気に入らなかったのか、ジャーファルは唐突に彼女の腕を掴んで自身へと引き寄せた。

「では、証明してください。本当に私を愛してくれているのかを」

「な…!?い…今ここで!?駄目よ!誰が見ているかもわからないのに…!」

尚も解放されることのない体。からかうものではなかったなと後悔しても時既に遅し。

早くしないとシンドバッドがこちらに戻ってきてしまうとでも言いたげに、意地の悪い彼の瞳は真っ直ぐにナマエをとらえている。

夜なのにはっきりとわかるほど頬を朱に染めて、視線をさまよわせる。逃げ場などない。

最終的に彼と目を合わせて、羞恥に体を震わせながら目を閉じれば、同時に彼も目を閉じる。

軽く唇が触れ合った感触。そういえば自分からキスをするというのは初めての気がする。

やがて体を離そうと身を動かした瞬間、ジャーファルがナマエの頭を手で押さえたことにより、それは阻まれた。

長く甘ったるい口付けを堪能すると、ちゅっとわざとらしい音を立てて彼の唇は彼女の首筋へと下降していく。

「んっ…ちょっ…と、ジャーファルっ…!!」

「私も好きですよ、愛しています、ナマエ」

ナマエの抗議などお構いなしに彼は言葉を紡いでいき、滑らかな白い肌へと吸い付いた。

確かに刻み込まれる所有印。そんなものなどなくとも自分だってあなたしか見ていないと、そう言えるはずなんてなく、ナマエはぴくんと一瞬駆け抜けた緩やかな電流に、身を震わせた。

その紅き華に舌を這わせながら、満足そうにジャーファルの方はナマエの体を抱きしめる。

「まったく…シンドバッド様にはあれだけ女性への粗相について注意しているくせにね…」

「あれはあの方の酒癖の悪さが原因ですよ。私は今酔っていませんから、問題ありません」

「それはそれでどうかと思うわ…」

呆れたようにため息を一つついて、それから、火照った顔を隠すように彼の胸に顔を埋める。

今この場に誰かが通りかかったら、なんてそんなことを考えている余裕など、今はなかった。

「ねぇ…ジャーファル、あなたは私が札として使い物にならなくても…こんな風に好きになってくれたのかしら」

「当たり前ですよ」

そんなことを聞いて、一体どうするのか。それは自分でもよくわかっていた。

即答された彼の言葉に温かみを感じ取る度に、幸せを感じる。

実に単純思考で笑ってしまうけれど、そんな時すらも愛おしい。

その後、二人はお互いを巡り会わせてくれた世界に感謝しながら

やがてシンドバッドが戻ってくるまで

お互いを抱きしめ合っていた。


(これもまた、一つの運命の形)


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