夕暮れの中一人あてもなく歩く。
一体あたしはどこを目指して歩いてるのかな。
もう…進む意味もないんじゃないかな。だって仁美は恭介に告白しちゃったんだもん。恭介笑ってた。仁美も笑ってた。
あれってうまくいったってことだよね。あたしが先に告白してたら結果は変わってた?ううん、あたしにはそんな権利すらないんだ…だって、あたしもう人間じゃないんだから。
こんな…こんなものに魂移しかえされてさ…一体何を恭介に言えっていうの…?
「さやか…?」
立ち止まる。だって声が聞こえたから。でもその声は恭介のものじゃない。
「ナマエ…」
彼は恭介の友達。そしてあたしの友達。
そういえばナマエには恭介とのこと、たくさんたくさん応援してもらったっけ。でも…全部ムダになっちゃったな…
「どうしたんだよ。最近元気ないって思ってたけど…さやか…?なんか、あった?」
優しいね、本当にあんたって人はさ…昔からそう…何か辛いこととか悲しいことがあったらまどかよりも、仁美よりも、誰よりも早く気づいてくれる。
「別に…何でもないよ。ごめん、心配かけて…」
「そか。まぁ、何もないなら…いいんだけどさ」
ほら、何かあったって気づいてるくせに、あたしが否定したらそれ以上は絶対に聞いてきたりはしないんだ。
バカみたいに気配りができて、バカみたいに優しい。
いつだって自分よりも他人を優先するの。同じクラスの男子達に放課後遊びに行こうって誘われたってあたしとの約束があるからって、CD屋についてきてくれる。それだけじゃない。まどかも仁美も都合が悪い日は決まって代わりにお茶につき合ってくれて、嫌な顔一つしないであたしが恭介の病院にお見舞いに行った時の話を聞いてくれるんだ…
でも…もう必要ないね。だって理由がないんだもん。ナマエだってあたしばっかり構ってないでもっと他の友達といたいに決まってる。
「ごめん…あたし、用事あるからもう行くわ。じゃあね…」
ナマエ、戸惑ってるなぁ…仕方ないね、あたしが変な態度とってるから…
あたしはもう人間じゃないんだからどんどんおかしくなってるのかな。
「あぁ…あとさ、あたしと恭介とのこと、もう応援してくれなくていいから。今まで色々ありがとね」
何言ってんの、あたし…ナマエ困ってんじゃん…こんなこと言って…余計心配されるに決まってる
もう行こう。魔女退治してたらきっと気も紛れる。
「…さやか!!」
振り返りたくなかった。いつもみたいにナマエの優しさにほだされるのが嫌だった。慰められるなんて、嫌。
でもあたしは振り返った。何でだろう…ナマエを…どうしても無視できなかったから…?
「何…?」
「こういうのって…直接聞き出すのは反則なんだろうけどさ…」
どくんと、心臓が大きく跳ねた。
ナマエの綺麗な瞳が真っ直ぐにあたしを射抜く。
「さやかを、そんなに苦しめてるのは…誰?一体何?」
「そんなの…ナマエに関係ない。言ったって…ナマエにはどうしようもない」
「そうかもしんねぇけど…心配なんだよ」
あぁ…心がざわつく…何も知らないくせに…あんたが優しいのはもうわかったよ。
だけど…いくら心配してくれたってナマエにはどうしようもないんだよ。
あたしを人間に戻してでもくれるわけ?無理だよね。
ねぇ、あんたが今話してる相手ってゾンビなんだよ?
「あのさ…もう…あたしに優しくしてくれるの…やめてくれない…?誰にだってそんな風に接してさ、そんなにいい奴に見られたいわけ…?」
「いや、俺はただ…」
「もういいって言ってるでしょ。心配なんかしてくれたってあたしはもう…!」
ハッとして慌てて口を噤む。
あたし今何言おうとしたの…?自分がゾンビだってこと、ナマエに言おうとした…?やめてよ、そんなこと言ったら…ナマエに嫌われちゃうじゃん…
もう行こう。今度は振り返らない。合わす顔なんて、どこにもなくなっちゃったんだから…
「別に俺は、誰にでも優しくしてたわけじゃない」
思わず足が止まる。ナマエの嘘偽りない純粋な声は、途切れることなくあたしの耳に入り込んできて鼓膜を揺らした。
「さやかにだけ…いい奴だと思われてれば、俺はそれでよかったんだ」
何言ってるの…?いつだってナマエは他人に優しくしてきたじゃん。
あたしの知ってるあんたは、そういう男のはずじゃんか。
「多分今はどんなこと言ったって言い訳にしか聞こえないと思うけど…これだけは忘れないでほしい」
いつもより真剣な声出しちゃってさ…何だよ…これ以上あたしに何を言いたいのよ。
「俺はいつだって…さやかだけを見てたよ。さやかが俺の、救いだった」
驚くほど脳髄に響いたその言葉は、静かに過ぎる時の流れの中に溶けていって
あたしから思考する力そのものを奪っていった。
「ナマエ…ナマエッ…!」
誰もいない駅のホームで虚しい叫びだけが木霊する。
何でこんな時にあの日の彼のことを思い出すんだろう。
もう何を思い、考えたってムダなのに。
「ごめん…ごめんナマエッ…」
謝罪という名の別れの言葉を告げた時
透明な雫は
濁った卵へと降り注いでいた。
(産まれ落ちたのは、人魚)