超高校級の仲間達:Girls side
部屋全体が心地よい熱気で包まれた中で濡れた髪を丁寧にタオルで拭きながら朝日奈は幸せそうに息をついた。

「やっぱりおっきいお風呂は気持ちいいねー」

「うふふ、とても心地よいですわね」

「溜まっていた疲労も抜けていくようだな」

「確かに、たまにはいいかもしれないわね」

「腐川さんも来ればよかったのにね」

わいわいと賑やかな皆の中でそう呟いたのは桜庭。

彼女は楽しそうではあったが、ここにいないクラスメートのことを思って幾分か寂しげな表情を作った。

そんな彼女を励ますように舞園が綺麗な笑顔で笑いかける。

「仕方ないですよ。腐川さん、お風呂にはどうしても入りたくないらしいですから」

皆で大浴場に行こうという話になった時、もちろん腐川も誘ったのだが、彼女がどうしても嫌だというので断念したのだ。

元々引っ込み思案な性格の彼女とせっかく仲良くなれるチャンスだっただけに残念ではあったが、舞園に励まされると自然と気分も軽くなっていく。
やはりアイドルは違うなと感心しながら桜庭も柔和な笑みを湛えた。

「うん、そうだね。今度は朝食でも誘ってみようっと!ありがとうさやかちゃん」

「ふふ、どういたしまして」

「はっ…!今のさやかちゃんの笑顔でインスピレーションが降ってきた!えと…メモメモっと…」

「桜庭さん、せめて髪を乾かしてからの方がよろしいのではなくて?」

「すぐにメモしておかないと忘れちゃうからさ」

紙面に水滴が滴り落ちるのも気にせずに桜庭はメモ用紙に絵のようなものを書き上げていく。

周りにとってはいつものことなので、今更彼女に対して言葉をかけるものは一人もいなかった。

“超高校級のアーティスト”。それが世間から呼ばれる桜庭彩乃の称号兼希望ヶ峰学園入学の理由。

偏にアーティストといっても演奏家や美術家など色々な意味合いを含んでいるが、彼女が秀でているのは音楽面ではなく美術面だった。

高校生にして既に個展を開き、数多のコンクールで優秀賞を受賞している。画風は一見統一性がないように思われるが、彼女の作り上げた作品はどれを見てもそれとわかるなど、作品を見た者を不思議とその世界観の中へと引き込むのだ。
特に桜庭の描いた写実的絵画は評価が高いとされている。

「よーしできた。ふふ、これ完成したらさやかちゃんにあげるね」

「本当ですか?嬉しいです!」

「じゃあ明日の放課後は桜庭ちゃん美術室に籠もるの?」

「うん!あ…でも明日は山田クンとの約束があるから、製作は明後日からかなぁ」

「え!?山田と約束!?なんの!?」

「えと、同人誌合作してみないかって。私が背景とかを描いて、山田クンが他をやるの」

きっと山田の方から話を持ちかけたに違いないと、その場にいる全員がそう思った。

桜庭自身も恐らく笑顔で引き受けたはずだ。頼まれたら断れない、ではなく、彼女は他人のお願い事は嫌な顔一つせずに承諾する、そんな女なのだから。

しかも山田との共同製作はこれが初めてではない。美術室で二人で製作に勤しんでいる姿は何度か目撃されている。

「ねぇねぇ、桜庭ちゃん…桜庭ちゃんってもしかして山田のこと好き、なの?」

「うん、好きだよー」

「えぇぇぇぇ!?」

「え…?え!?なんで驚くの葵ちゃん!」

「だって!まさか桜庭ちゃんのタイプが山田みたいのだとは思わなかったから…!…苗木どんまいだなぁ…」

「いや、普通に友達なんだから好きなのは当たり前でしょ?しかもタイプって?」

「桜庭さん、朝日奈さんが言ってるのはそういう“好き”じゃなくて異性としての“好き”なんだと思うわよ」

霧切の言葉に暫し時が止まる。まるで機会仕掛けのロボットのようにゆっくりと他の皆を見回せば、皆一様に呆れた風な表情を浮かべていた。

最後にセレスと目が合う。彼女は感情の読みとりにくい笑みを貼り付けながら「そういうことですわ」と桜庭にトドメの一撃をくらわせた。

「ち…違う違う!私が言ってたのは友達としてって意味だよ!確かに山田クンはいい人だけどそういう話なら別!」

「な…なんだぁ…びっくりしたよ!じゃあさ、本当に好きな人って誰?」

「い…いないよー。それにもしいたとしても私なんかきっと相手にしてくれないって」

「その言葉、是非苗木クンに聞かせてあげたいものですわね」

「なんで苗木クンに?」

「うふふ、内緒ですわ。それより朝日奈さん、あなただって気になっている方はいませんの?例えば…桐生クンとか…」

思わぬセレスからの一言に、朝日奈は大袈裟に体を強ばらせる。
普段から思っていることが顔に出やすいタイプであるが、今はいつもより数倍わかりやすく感じられた。

大神もこればかりは上手くフォローしきれないのか、黙ってうろたえる朝日奈を見つめるばかり。

「な…なに言ってんのセレスちゃん!別に私は桐生のことなんてなんとも思ってないって!た…確かに桐生には水泳でタイムが伸びない時とかに励ましてもらったりはしてるけど…!!」

「あら…わたくしはただの具体例として桐生クンをあげただけですわ。ただそれだけですのに随分と焦ってらっしゃるのですね」

「あっ…!!」

「あなたもあまり苗木クンのことは言えませんわね」

「うぅ…本当にそうかも…」

「ねぇ、大神さん、なんでさっきからちょくちょく苗木クンの名前が出てくるのかな?」

「…すまぬが我からは何も言えぬ」

面白そうに笑うセレスに落ち込む朝日奈、加えて困惑顔の桜庭に爆笑する江ノ島というおよそ百面相のような光景。

最近の皆には時々ついていけない話題があるなぁなんて思いつつ入り口の方に目をやると、いつの間にかそこには早々に準備を終えて出ていこうとする霧切の姿があった。

「あ…霧切さん!待って待って!もう出てっちゃうの?」

「ごめんなさい。私ああいう話題には興味がないから」

「そっか。じゃあ私も一緒に行くよ。私もああいう話題は苦手なんだ、なんか縁遠くて」

「あなたには近々縁ある話になると思うわよ」

「そうなのかなぁ…私より霧切さんのが先だと思うけどな」

美人だしいつでも冷静で羨ましい限りだ。他人がすぐ羨ましく見えてしまうのは自分の短所だとわかってはいるが直しようがないのもまた事実で。

そんな考えにのまれそうになって慌てて首を振る。理由は至極単純で、霧切がまた一人で歩き出そうとしていたから。

桜庭はそれを中断させるために言葉を紡いだ。

「じゃあ葵ちゃんの応援してみるとかは?なんか葵ちゃん、桐生クンのこと気になるみたいだし…そうしてる内に霧切さんにも…」

「それは絶対にいや」


何故かばっさりと切り捨てられたことに呆気に取られている間に彼女は無駄のない動きで脱衣所を出て行く。

結局桜庭は、霧切のそんなほんの少し不機嫌な後ろ姿を見つめていることしかできず

とりあえず後で菓子折りでも持って部屋に行って

理由はわからないが不機嫌にさせたことを謝ろうと

本気でそう思ったのだった。


(そんな私達が希望なんだ)


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