超高校級の仲間達:Boys side
「なぁぁっ!?桐生涼太殿ォ!?左手から火が出ておりますぞぉぉ!?」

「なにいってんだ、ここは食堂だぞ?火くらい出たっておかしくねーべ」

「馬鹿め。ここは厨房ではない。食堂そのものから発火などするか。桐生、お前もいい加減それをやめろ」

十神の言葉を受けて困ったような笑いを浮かべてから、桐生は静かに右手を左手の上へと重ねる。
すると今まで彼の上で揺らいでいた火の玉は、まるで初めから何もなかったかのように消えてなくなっていた。

「あぁ…桐生涼太殿のマジックでしたか…相変わらず心臓に悪い…」

「はは、食後の運動がてらちょっとやろうかなと。驚かせちってごめんなー」

間延びしながらもどこか隙を感じさせない口調で彼はそう言う。

“超高校級のマジシャン”。それは彼が周りから呼ばれている称号のようなもの。それと同時に桐生がこの希望ヶ峰学園に入学することを可能にしたものでもある。

あらゆるジャンルのマジックを完璧にこなし、彼がオリジナルで作り上げたマジックのタネは今まで誰にも解き明かされてはいないらしく、同時にあらゆるマジックの大会において優勝という輝かしい結果を残しプロのマジシャンからも間違いなく次世代のマジック界を支える存在になるだろうと評価されている。

だがそんな驚きの能力を有す桐生でも、彼自体は非常につかみ所がなく、何を考えているのかクラスメート達でさえわからないことが多々ある。
そうは言っても本質的には仲間想いな人物には違いなく、そんな桐生を信頼する人間は少なくなかった。

「食後の運動は健康を保つ為には必要だが桐生クン!食堂であまり派手なマジックは控えたまえ!」

「ごめんって。でもしょうがないだろー。今日は晩飯食ってすぐ大浴場で風呂済ませようと思ってたのに女子達先に入ってんだもん」

「桐生クンは大浴場に行くの好きだよね。夜食堂とかで会うと結構髪濡れてること多いし」

「だって開放感あるじゃん。狭いシャワールーム使うよりかさ。でもよく朝日奈と大神がトレーニング終わりで浴場に来るから追い出されたりするんだけどー」

何でもないことを話すかのように語る彼に、皆は思わず顔を見合わせる。
今彼はさらりとすごいことを言いはしなかったか、と。

桑田は面白そうに笑いながら、そして興味深げに紙パックのジュースを飲みつつずいと桐生に顔を近づけた。

「それって風呂で鉢合わせたってことだろ?なんだよ桐生、お前あいつらのわがままボディ見たことあんのか!どうだったよ?」

「なっ…!?なんてことを聞くんだね桑田クン!女性の体のことを聞くなど…!」

「こらこら、変な想像すんなし。石丸も落ち着け、俺は見てないから!つか朝日奈はともかくとして大神の体はわがままボディなんてレベルじゃねーだろ。わがまま通り越してるよ完全に」

「じゃあ、どうして二人と鉢合わせに?」

「んー?気になるかね苗木。単純に脱衣所から名前呼ばれんの。俺トランプをいっつも脱衣所の机に置きっぱなしにして風呂入ってっから簡単に身バレするらしい」

特に面白い答えが返ってこなかったのか、桑田は退屈そうに椅子へと沈み、再度紙パックを口にする。

桐生を女性関係の話題でからかっても面白くはない、そんなことは最初からわかってはいたのだが。

桐生の方は先ほどの質問を深く考える気はないらしく、相変わらず右手で頬杖をつきながら左手でコインをいじくっていたが、やがて思いついたように苗木へと視線を投げた。

「でも時々俺より先に入ってる奴がいてさぁ…桜庭とかが」

瞬間、苗木の肩が小さく揺れる。それはほんの些細な動作だったが、その場にいた男性陣の誰もが見逃すことはなかった。

「そ…そうなんだ」

「あんまり静かだから俺入ってんの知らなくて、つい…」

「見たの!?」

「ふ…あははは!!見てねーよ、冗談冗談!苗木面白いわー」

「からかわないでよ桐生クン!まったく…びっくりした」

「でもさ、もし本当に俺が見てたらお前どうする?」

「え…!?えっと…」

桜庭彩乃。彼女は自分達のクラスメートで“超高校級のアーティスト”。苗木の気になる存在。

初めは普通の関係だったのだが苗木が彼女を意識するようになってからはそれは桐生達のいいからかい要素となってしまっている。

現に今がそう。桐生は爽やかながらも意地の悪い笑みを顔に貼り付けてジッと苗木の返答を待っている。

こんな時うまくかわせるようなアドリブ性でも持ち合わせていればよかったのだろうが、残念ながらそれは己の中にはなかった。

困ったように視線をさまよわせていると一つ小さなため息が食堂に響く。

「おめーも男なんだからいい加減シャキッとしろよ」

「大和田の言うとおりだぞ苗木。あいつ結構人気あっからウジウジしてっと他に持ってかれるって!」

「桜庭さん優しいもんねぇ。僕も恋愛感情とかじゃないけど普通に大好きだし…」

「うっしゃ!じゃあこの際俺が占ってやんべ!桜庭っちが苗木っちのことをどう思っているか!」

「ふん…この馬鹿にそんなことを占ってもらうようではおしまいだな」

「俺は馬鹿じゃねーぞ!馬鹿って言う方が馬鹿なんだべ!つまり十神っちは馬鹿だ!」

「なんだと…!?貴様今すぐ鳥葬してやる」

何だか話が逸れてきてしまっている。
それでも苗木は顔を俯かせて思考を続けていた。

自分としてもこのままでいいはずはないという自覚はある。
普通の高校男児であるのだから、好きな女子が他の男子と付き合うことになって平常心を保てる保証はない。

だが、一歩踏み出す勇気がないというのもまた事実で。それが己の不甲斐なさを最大値まで押し上げていた。

やがて葉隠達の不毛な争いを打ち破るように椅子を引く音がして、視線を上げれば桐生が席を立っているのが目に入り込む。

「まぁ、焦らず頑張れ。お前ならいけるって。じゃ、俺は倉庫行って菓子でも取ってくるわー」

ひらひらと片手を上げて一時去っていく桐生。

そんな後ろ姿をただ呆然と苗木は見つめていた。

「うわー…あれがモテる男の例ですぞ、苗木誠殿」

「と…遠いなぁ…」

「まぁまぁ苗木っち、“千歩の道も百歩から”だべ!」

「それを言うなら“千里の道も一歩から”だろーが!そんな簡単に目的達成してどうすんだよ」

大和田のツッコミに苦笑いを浮かべつつ、苗木はあとで本格的に桐生に教えを請いに行ってこようと

本気で思ったのだった。


(そんな僕らが希望なんだ)


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