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「完成ー!!ドーナツだよー、幸せ〜」

「あれ?葵ちゃん、それ桐生クンにあげるんだよね?なのに葵ちゃんすごい喜んでるけど、あれ?」

「どっ…どうせ自分の分も作ってたんでしょ…あたしはもちろん白夜様の為だけに作ったけど…!」

「そちらのハート型が桐生クンので普通の形はご自分用、ということですわね」

「な…ななっ、セレスちゃん!そんなにはっきり言わないでよ!」

「なんなら落としやすい告白方法とか教えてあげよっか?」

「いらないいらない!しかもそれ江ノ島ちゃん限定でしょ!」

この日にこんなにまで興奮できるのはやはり女子の特権とでも言うべきか。
そして厨房が男子禁制となるのもやはり今日だけのお約束である。

学校の調理室に寮の厨房と、使える所は全て使って希望ヶ峰学園の女生徒達は本日男子達に渡すチョコレートをこうして作っていた。

義理から本命、様々な想いの集約された室内は甘ったるい匂いに支配され、雰囲気もどことなく溶かされているようで。

「それで、告白はするんですか?」

にこにこと柔和な笑みを浮かべる舞園とは対照的に朝日奈は彼女の言葉に急に勢いを殺されたかのように視線を下へと下げる。
そこにはほんの少しの照れも含まれていたのだろうが。

「でも桐生は私のこと友達くらいにしか思ってないっぽいし…」

好きだと言ったところで果たして彼は本当の意味で理解してくれるだろうか。

別に桐生が恋愛方面のことに疎いというわけではない。そうではなくて、友人としての自分が彼の中で位置づけられてしまっているならば素直に気持ちを伝えたとて冗談として受け取られる可能性が高いのだ。

それにもし桐生に好きな人が他にいることを考えるとどうにも気持ちを伝える勇気が出なかった。

頭で色々と考えるのは苦手なはずなのにこういったことには随分と思考力を費やしてしまう自分に思わず苦笑がもれる。

「やっぱりこの前のクリスマスの時みたいな感じで渡そうかな」

「ですが二度も同じ理由で渡されたら逆に重いですわよ」

「えー…そうかな。じゃあどうしよう…」

綺麗にラッピングの施されたドーナツに目を落として再度朝日奈は考え込み始めた。

こうして考えている間にも腐川は厨房を出て十神を探す旅に出てしまっている。

桜庭もトリュフチョコの入った包みを持ち上げて出発の準備を整えながら彼女にふわりと微笑みかけた。

「桐生クンはどんな理由でも、どんな渡し方でも、葵ちゃんから貰えたら嬉しがると思うけどな」

実際クリスマスの時がそうだった。朝日奈の真意こそわかっていなかったものの、あの時の彼は本当に嬉しそうで。

朝日奈が彼に自身の想いを伝えたいのだと言ったらまた話は違ってくるが単純にチョコレートを渡したいだけならばそこまで考え込む必要はないと思える。

こんなことなら桐生に前もって今気になっている女子がいるか聞いてくるべきだったかもしれない。

第三者という立場はこんなにももどかしいものなのかと僅かに憂いを帯びた瞳で彼女を見ると、そんな桜庭とは対照的に朝日奈は吹っ切れたように快活な笑みを浮かべた。

「そう…だよね。うん、考えるのは合わないや!私行ってくるよ!」

大きくガッツポーズをしてまるで試合前のような雰囲気を漂わせながら彼女は勢い良く厨房を出て行った。

何だかんだ言って皆も彼女を応援しているのか、朝日奈が出て行った後の室内には甘ったるい空気の中で穏やかな何かが感じ取れる。
それでも桜庭は左隣の霧切を見て曖昧な笑みを貼り付けていた。

こうして黙って朝日奈を見守っていられるのも、やはり彼女が優しく強いからなのだろう。
それでも気になって話しかけようとすると、それは右隣のセレスからの声によって中断された。

「霧切さんも、早く行った方がよろしいのではないですか?」

遠慮も何もあったものではない言葉は桜庭を通過して霧切へと突き刺さる。

霧切の想いを知っているのは恐らくこの二人だけだ。他の皆は朝日奈だけに目や声を向けているが、やはりセレスは彼女のことも気にかけているようだった。

「…私は別にいいわ」

「あら、わたくし達に嘘は通用しませんわよ?ねぇ、桜庭さん?」

「あー…うん」

「何が言いたいのかしら」

「えっとね」と小さく言葉を紡いでから桜庭は彼女の持つチョコレートの袋を指差した。
シンプルなチョコレートの上にはアーモンドやカシューナッツ、クルミなどが散りばめられている。

「霧切さんは桐生クンがナッツ好きっていうの知ってたからこういうチョコにしたんじゃないかな…?桐生クンよくお昼休みとかにナッツ食べてるから」

つまり彼女は初めから彼に渡すことを考えた上でチョコレートを作っていたということ。

普段よく見ていなければ気づきにくいが彼が昼休みや購買部でナッツの小袋を買っている映像は放課後絵を描こうと思った時に見られる。
他にも日常の何気ない部分からも。

彼が誰か他人にその嗜好のことを話したことはないので気づいていたのはやはり超高校級の探偵だと言わざるを得ない。

一瞬霧切は眉間に皺を刻みかけたけれど、次にはどこか照れ隠しのようにそっぽを向いた。

「あなた、探偵の素質があるかもね」

ただ一言、たったそれだけを言い残して霧切は静かに厨房から出て行く。

間接的でひどく曖昧ではあったものの、考えが当たっていたことを示されて思わず顔には笑みが浮かぶ。

セレスの方はもう見えなくなった霧切の背中を追いかけるように虚空を眺めて浅く息を吐いていた。

「明らかにあれは彼にあげる為のチョコでしたのに…素直ではないですわね」

「でも霧切さんは葵ちゃんのことも応援してるから、素直っていうよりは…迷ってたんじゃないかな」

桐生と朝日奈は仲がいい。周りもそれを茶化していたりするから余計にそう見える。
迷い、というよりはもしかしたら諦めと言った方がいいのかもしれない。

朝日奈の純粋で綺麗な想いを横から汚すような真似をしてはいけないと。

お似合いだと思う。桐生と朝日奈は。
だけれど、それと同じ分だけ桐生と霧切もお似合いだと思うから、簡単に気持ちを偽って諦めてほしくはなかった。

結果的にはどちらかが必ず悲しい顔をすることになってしまうとわかってはいても今だけは、いや、今日だけは二人ともが幸せに浸ってほしいと

残酷で優しい願いは

甘ったるい空気の中に溶けていった。


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