明けまして君が好き
年が明けてもこの希望ヶ峰学園はいつも通りで。正月休みで帰省する者もおり、食堂にいる人物は少なくはあるのだが。

静かな空間の中でクロワッサンをかじりながら桜庭は淹れておいた紅茶をゆるりと啜った。

「そういえば、今日帰ってくるね、桐生クン」

本人は帰省するつもりは微塵もなかったそうなのだが両親の催促がうるさいからと帰っていたのだ。うるさい、とは言っても実際は泣きつかれただけらしいのだが。

あの二人は一度泣き出したら梃子でも動かないと、痛そうに頭を押さえながら唸っていた光景はよく印象に残っている。

「では、やっと朝日奈さんの元気も戻ってきますわね」

「えっ、私!?別に私は普通だったよ!ねぇさくらちゃん?」

「…すまぬ。我もセレスと同意見だ」

「そんなぁ!」

むきになっているのだか照れているのだかよくわからない動作で抗議する朝日奈。

確かにここ数日朝日奈はあまり元気がなく髪のアンテナもどことなくしなだれているように感じられていた。
桐生の不在が原因だと考えればそれも納得がいく。

何だかそんな朝日奈が羨ましくなってきて、桜庭は薄く微笑んだ。

好きな人のことで一喜一憂するということは今の桜庭の目標でもあったから。

「葵ちゃんはさ、桐生クンのどんなとこが好きなの?」

桜庭の半ば爆弾のような問いかけに場の空気は一瞬固まる。

だがそのすぐ後にはセレスが心底面白そうに口元に弧を描き、朝日奈は顔を真っ赤に染め上げた。

そしてそんな周りを気にせず子供のように瞳を純粋に輝かせて答えを待つ桜庭。
その手には何故かメモ用紙とペンが握られている。

「な…なな、何言ってんの桜庭ちゃん!!というか何でメモする気満々なの!?」

「今後の作品への資料にしようかなって。腐川さんも協力してくれたんだー」

何の悪気もない笑顔でめくられたメモには“腐川さんの好きな十神クンは、全部”と記されていた。

文面を見るだけでも、おどおどしながらも興奮して全てを語る腐川の姿が容易に想像できる。

メモしたところで参考になるかなどわからないのに。
そこは勉強熱心だとでも言うべきか。

「葵ちゃんも全部好きなの?」

悪気はないはずなのだ。ましてや桜庭が他人をパニックに陥らせようなど。

だが朝日奈は依然として顔を真っ赤にしながら首を振って勢いそのままに口を開くことしかできなかった。

「ないない!それはないって!桐生なんて天然女たらしだし秘密主義でよくわかんないしトレーニングつき合ってくれないし人のドーナツすぐ横取りするし……でも…」

そこまで言って朝日奈は途端に表情を落ち着ける。何かを慈しむような、心からの感情を露わにした表情。

霧切はそんな彼女の姿を見て、ゆっくりと視線を逸らした。

「すごく優しいんだ。私にだけじゃないけどいっつも笑って話しかけてくれてさ」

どんなに不機嫌そうにしていても、心配になって話しかければすぐ笑顔を作って。
それは張りぼての薄っぺらい笑みではなく、心からの。

そのくせこちらが落ち込んだり不機嫌になったりした時は必ず心配してくれる。
ちゃんと自分を見ていてくれているのだと、実感できるその瞬間が何よりも好きだった。

あの端正な顔立ちの、口から紡がれる己を呼ぶ声が好きだった。

好きなところなど一つ一つ上げていったらキリがない。
それは裏を返せば自分はそれだけ桐生涼太という男に惚れてしまっていたということの証明になってしまうのだけれど。

「意外と頼りがいあるし、マジックだって上手いし…それから…それから…ああもう何かよくわかんなくなってきちゃったな」

「要は“全部”ですわね」

「なるほど!えと…全部、と」

「セ…セレスちゃん!?桜庭ちゃんもメモしなくていいから!!」

「桐生は幸せ者だな。朝日奈からそんなにも慕ってもらえるなど」

大神の言葉に桜庭は同調するべく頷いた。

多分、彼は本当に相当の幸せ者なのだと思う。個人からそこまでの想いを受けているのだしたら本当に。

だがそれは逆に残酷なのかもしれない。朝日奈がどれだけ想おうと、それに桐生が同じ想いで返されなければ意味がないのではないだろうか。

朝日奈の言う通り彼は優しい、誰にでも分け隔てなどなく。優しさが時として刃に変わることがないとは言い切れないからこそ、直接的にではないにしろ朝日奈の心をいつしか抉る原因になるのかもしれないことはいくら疎い桜庭でさえも理解していた。
それに問題はそれではなくて。

セレスや大神と盛り上がっている朝日奈から視線を逸らして、彼女は静かに紅茶を飲む霧切へと向き直った。

「霧切さんは桐生クンのどこが好き?聞いても、いいかな?」

「別に…気を遣わなくてもいいわ」

自分自身のこととなると鈍いくせに他人のことは妙に察しがいい奴だと、内心霧切はそんなことを思う。

未だテーブルの反対側でセレスに茶化されている朝日奈を一瞬だけ見て、それからゆっくりと口を開いていった。

「ほとんど朝日奈さんが言ったことと同じよ。だから私から言うことはない」

惹かれるところは同じ。それは同時に、霧切もここ最近桐生に会えなかったことを僅かでも寂しがっていたのだという事実を示しているようで。

「そっか」なんて月並みな言葉しか返してやることはできなかったけれど、きっとそれ以上の言葉などいらないのだろう。

そうしてどちらにも結ばれてほしいと思うのは、残酷だろうか。

再度何か口にしようとしたところで、軽い靴音が食堂にゆるりと響き渡り、女子だらけの室内に場違いと言ってもいい男の姿が映り込む。

「年明けてもお前ら相変わらずだな」

気だるげにショルダーバッグを下げて、休みなのだから当たり前だが珍しく私服を着て佇んでいるのは桐生。

「あ、お帰りなさい桐生クン。あと明けましておめでとうございます」

「ただいま。んで明けましておめでとう舞園」

今の今まで話題の中心にいた人物のいきなりの登場に舞園以外は一瞬驚いていたようだが次には皆口々に彼へと言葉を投げていった。

明けましておめでとうが飛び交う食堂は端から見れば随分とシュールな映像だ。

帰還の言葉と挨拶を終えた桐生はポケットに手を入れながら眠そうに一つ欠伸をして踵を返そうとする。

「じゃあ挨拶終わったし、また外行ってくるわ」

意味不明な言葉にその場にいる全員が一様に首を傾げた。

何故今帰ってきたばかりなのにまた出かける必要があるのだろうか。

「買い物でも行くの?」

「いや、別にそうじゃなくて。初詣、まだ行ってないからさ」

億劫そうな様子を見るからに恐らく彼自身の意志ではなく家族から何か言われたようだ。

初詣と言えば希望ヶ峰学園の生徒達もつい先日行ったばかりだ。男子達は女子達の振袖姿に興奮しまくっていたのがいい思い出である。
桐生とも一緒に行ければよかったがいなかったのだから仕方がない。

すると何やら携帯を弄っていた舞園は綺麗を笑みを浮かべながら彼へと画面を突き出した。

「私達が行った時はみんなで着物を着て行ったんですよ」

画面に表示されているのは皆で記念に撮った集合写真。色とりどりの鮮やかな着物で飾られた女子達に自然と目線は奪われていく。

桐生はそんな写真の中の彼女達を興味深げに眺めて、どこか楽しそうに笑った。

「朝日奈さん、かわいいと思いませんか?」

「うふふ、率直な感想をお聞かせ願いますわ」

舞園とセレスのコンビがまるで爆弾を投下するようにそう問いかければもちろん朝日奈は慌てて抗議の声を上げる。

「感想とかいらないいらない!というかそれ隣舞園ちゃんと江ノ島ちゃんだから…!」

超高校級のアイドルとモデルの間に挟まれたら一般女性など霞んでしまうに決まっている。

いつもはそんなことに劣等感など感じることはないが今だけは別だ。

それでも桐生は特に気にする風でもなく、まじまじと画面の中の自分を見つめて口を開いた。

「別に隣が誰だろうと関係ないだろー。肝心なのは似合ってるかどうかだし。俺は似合ってると思った、いいじゃん」

「え…?あ…その、ありがとう」

「ま、でもアイドルとかモデルに着物は確かにいいな」

「何それ!結局気にするんじゃん!」

朝日奈の抗議を軽く受け流しながら尚も画面を見つめる桐生が、ふと気づいた違和感に首を捻る。

画面の中にはよく見知ったクラスメートの姿ばかりが映っているのだが、何かが違う気がした。正確には何か物足りなさを感じるといったところか。

「霧切は?何でこの中にいないんだよ」

そうだ。今この場には確かにいるのに画面上にはいない霧切の姿。
まさか写真を撮る係りだったわけでもあるまい。

そんな彼の些細な疑問に答えたのは霧切本人ではなく桜庭だった。

「霧切さんは探偵業の方で用事があったらしくて一緒にいけなかったんだ」

詳しいことはよく知らないが何かあったらしいことは確かで。

できれば霧切の着物姿も彼に見せてあげたかったのだがいないのだからそれは無理な話だ。

次に、まだ彼女も初詣には行っていないのだということを桐生に伝えれば、彼は何かを軽く思案した後霧切へと視線を移動させる。

「じゃあお前も一緒に行くか?これから」

「嫌なら別にいいけど」と付け加えた後に生まれる静寂。

彼のことだ、別に深くは考えていないのだろうけどこれは桜庭達からしてみればデートの誘いにしか聞こえない。

いつも冷静な霧切でさえ瞳をほんの僅かに動揺で揺らして固まっている。

桜庭はそんな彼女を後押ししようと口を開こうとしたがそれは再びの桐生の声によって中断された。

「あぁ、あと葉隠も一緒だからな」

「何で葉隠!?」

「なんかおみくじもう一回引きたいらしい」

「なんだぁ…私てっきり桐生が霧切ちゃんをデートに誘ってるのかと思っちゃったよ」

「はは、それはない。まず俺がデートに誘ったところで来ないだろ。あ、葉隠がいてもそれは同じか」

自己完結したのか、今度こそ桐生は皆に片手を上げて食堂を出ていこうとしたが、それはやはり響いた声によって阻まれることとなる。

「行くわ」

凛と澄んだ声。だがどこか躊躇いを含んだような声は確かに彼へと届き、彼の歩みを止める。

一瞬驚いたような表情をしていたけれど、次には笑みを湛えて、やがてまた歩き出す。

「じゃあ準備できたら呼んでくれ。俺は葉隠の部屋にいるからさ」

普段は響くことのないブーツの靴音を規則正しく奏でながら彼は今度こそ食堂を出て行った。

そのまま続くように霧切も席を立って入り口の方に歩いていく。

そうして桜庭が最後に見た霧切の顔は

確かに朱に色づいていた。


(年明けて、今年もあなたが好きなようです)


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