徐々に暗闇が世界を包み、白銀と闇が何ともいえない調和を醸し出す頃、教室の隅に置いてあった箱を桑田と葉隠が持ってきて全員を一所に集めた。
「おーし、んじゃそろそろ始めっか!」
「プレゼント交換だべ!」
事前に皆から集めたパーティー用のクリスマスプレゼント。
皆でそれを回し曲を流して止まった時に持っているプレゼントをもらえるというオーソドックスな企画。オーソドックスだが個性あふれる希望ヶ峰学園の生徒が用意したものとあって中身に予想がつかないというワクワク感はある。
実際大きな箱の中に入っているそれぞれのプレゼントは大小様々だった。
桜庭はまず一番最初に持たされたプレゼントに顔をしかめた。
「な…なんか重いよこれ…!」
「怖っ!誰のだべそれ」
「あら、当たる前に言ってしまったらつまりませんわ。何が当たっても受け止めなければね。うふふふふ…」
「おいセレス、お前何入れた…!」
胸に一抹の不安を抱えながらも全員一人一つプレゼントを手に持った状態で曲が流れ出す。
かわいらしいジングルベルが恐怖の旋律のようで皆桜庭が持っていたものとセレスのプレゼントは当たらないようにと内心拝み倒していたのであった。
やがて曲が終盤に近づいてきた時、不意に曲が止まって皆の手も自然にぴたりと止まる。どうやら自分のが当たったという者はいなかったようで、全員ゆっくりと包みを開いていった。
桐生も手中の四角い包みを剥がしていく。硬さや大きさから何枚か一緒に貼っておける写真立てか何かだろうかと思っていたその予想は露わになったアニメキャラの姿によって全て吹き飛んでいった。
「……ぶー子…?」
誰からのプレゼントなのかは明らかなのだが数秒固まってしまう。まさかクリスマスプレゼントにここまで我の強い贈り物をされようとは。誰が喜ぶのだろうと首を傾げずにはいられない。
「引き当てたのは桐生涼太殿でしたか、それは貴重ですぞ!ぶー子幻のOVA!」
「うわーいやったー」
「桐生っち完全な棒読みだべ」
「いいじゃねーかDVDならよ!俺なんか石丸からの問題集だぜ問題集!!いらねーっつの!」
「何だと…!?年末年始怠惰にならない為の物だというのに!」
やはり思い思いのプレゼントというのは個性が出る。石丸が問題集なんかを選んでしまうあたりご愛敬だ。
他の面々に目をやれば苗木が桜庭の色鉛筆をもらっていたり腐川が十神の万年筆をもらっていたり朝日奈が大和田の来年の犬のカレンダーをもらっていたりと平和なものだった。
問題のセレスと謎の重たいプレゼントはセレスの方は江ノ島が引き当てたらしく彼女の手にはとても綺麗なアンティークドールがある。
全然はずれなことはないじゃないかと桐生が苦笑した瞬間、その隣で複雑そうな表情をしている不二咲が目に映り込んだ。
「不二咲、どうし…ってダンベル!?しかも粉末プロテイン付き…!!」
「う…うん。大神さんからみたいなんだけど…」
「なるほど、あの重みはダンベルだったのか」
「せっかくだから明日から鍛えてみようかなぁ…」
「「やめてーっ!!」」
一部から上がった絶叫。主に山田が全力で止めにかかる。
良くも悪くも笑いを誘ったプレゼント交換。大体がとんでもプレゼントだったが皆楽しそうにしていた。
桐生はそんな皆を見て自身も満足げに笑う。
こうして考えてみればこのOVAも存外悪いものではないのかもしれない。後でじっくり見てみようか。
「桐生」
不意に聞こえてきた声に顔を上げれば、そこに佇んでいたのは朝日奈。
彼女はまだ開封されていない綺麗なラッピングの施された包みを持っている。
何故交換の終わった後にそんなものを持っているのか気になったが、そんな思考は眼前に差し出されたそのプレゼントで流されていった。
「あげる。桐生には色々してもらっちゃったから…お礼!」
茹で蛸のように健康的な肌を赤く染め上げ、視線は落ち着きなく泳いでいる。
告白をしているわけでもないのに場の雰囲気は途端に甘ったるいものに変わって、突然のことに驚いている桐生をよそに周りは明るい声を上げた。
「へー、朝日奈が桐生をねー」
「朝日奈っち意外と大胆だべ!」
「お前らなぁ…あんま茶化すなよ。ありがとなー、朝日奈。ありがたくもらっとくわ。俺は何も返せないけど…」
申し訳なさそうに微笑む桐生にお返しなどいらないと首を横に振って、それから朝日奈は小さく、本当に小さな声でぽつりと呟く。
「来年も再来年もまた一緒のクラスで仲良くできるなら…お返しなんかいらないよ」
果たしてそれはどんな意味で呟いたのだろう。きっとそれは言った本人にすらわかってはいない。
来年の今頃には想いを伝えて、今とは違う関係で彼の傍にいたいと願っての言葉だったのか。考えただけでも頭がパンクしそうだがそれを願わずにはいられないというのも事実だった。
やがて小さすぎて聞き取れなかったのか、桐生の「え?」という言葉に朝日奈は誤魔化すように笑って彼に背を向ける。
「何でもないっ!お返しはドーナツでいいよ!じゃ…じゃあ、それだけ!」
逃げるように大神の方へと去っていく彼女に思わず笑いがこぼれる。
一世一代の大仕事を成し遂げたかのような彼女の姿は微笑ましくすらあった。
内側にあった朝日奈の想いに気づいていないのは恐らくこの場では桐生だけで、彼以外の皆は未だ友人としてのプレゼントだと信じて疑わない彼にほんの少し呆れの視線を向けている。
それでも朝日奈を見つめる桐生の視線はとても優しげでもしかしたらと、思う者も少なくはなかった。
そうして一体どれくらいの時間彼女を見ていただろう。
窓に寄りかかっていた彼の横にまた別の人物が同じように寄りかかる。
「桐生クン、よく鈍感だって言われない?」
「は?言われない」
「…余計質が悪いってわけね」
いきなり変なことを聞いてきた霧切を不思議に思い眉間に皺を寄せる桐生。
だが次には彼女の持つクリスマスプレゼントを見て、笑みを浮かべた。
「お前だったのか、俺の当たったやつ」
シルバーアクセサリーとリストバンド。誰に当たってもいいように男女問わず身に着けられるようなものを選んだ。
何が喜ばれるものかなんてそんなことわからなかったので少々味気ない贈り物になってしまったがマジックセットを贈るよりはましだったと信じたい。
手探りな選択だったが包みから取り出した指輪を眺めて霧切は嬉しそうに微笑んでいた。その微笑みは妙に己の心をくすぐったが、やがて重大なことに気づく。
「あ、けどお前指輪なんかしないか。手袋してるし」
「いいの、手袋なんてしてなくても最初からつける気なんてなかったから」
「厳しいな。理由は?」
「…教えないわ」
珍しくイタズラな笑みを浮かべながらそう言う霧切に苦笑気味に言葉を紡ごうとしたが、ふと急に明るくなった外へと目をやれば、夜の帷に完全に包まれた中で巨大なクリスマスツリーが輝いていた。
桐生に続いて霧切、そして気づいた順に皆の視線がどんどんと雪化粧を施されて一層輝いているツリーへと向けられていく。
「すごいなー…ツリーもでかいし。“超高校級の植物学者”が育てたのかね。綺麗だ」
皆が穏やかな瞳をツリーへと向けている中で、霧切だけは、彼女の視線だけは盗み見るように桐生の横顔へと注がれていた。
やがてその視線はツリーへと移動して、まるで噛み締めるように彼女も言葉を発していった。
「えぇ……とても綺麗だわ」
それは一体何に向けて放った言葉だったのか。
気づいた時には思い出したように桐生は霧切の方へと顔を向けていた。
「で?指輪をしない理由とは?」
「教えないって言ったでしょう」
「はは、手厳しいな。じゃあ逆に、何で秘密なんだよ」
教えた所で何がどうなるというわけでもないのかもしれないのだけれど自分にとってはこの理由は十分一級の秘め事になりうるのだから。
「だって…」
言いかけたことは結局声にならずに
雪と一緒に消えていった。
やっぱり教えられるわけがない
(あなたからの贈り物は大事に飾っておきたい、なんてね)