「「メリークリスマス!!」」
方々から上がる明るい声。
鳴らされたクラッカーから盛大に飛び出したリボンは葉隠や山田に絡まる。そんなハプニングもクラスメートの笑いを誘発した。
「はははっ、いいね、ナイスだよ」
「え、えっとぉ…大丈夫?山田クン、葉隠クン」
「いいのいいの不二咲ちゃん、お約束なんだからさ!」
「こんなお約束はいりませんぞぉ!!」
「いいじゃねぇかブーデー、今日はクリパなんだからよ」
桑田の言葉で場の雰囲気が一層穏やかなものに変わる。
クリスマスはこうして教室でパーティーを開くことを許される数少ない特別な日だ。ほぼ全てのクラスが事前に学園長に許可をとってクリスマスパーティーを開いている。
ごちそうはメイン料理は店から買ったものであるがお菓子類は皆がそれぞれ持参したものを全員で分け合うというスタイルをとっているせいでドーナツが大量だったりプロテインがあったりと何とも不可思議だがこれも彼ららしいと思えば楽しくなってくるというものだった。
「うむ、こういった催し物をやるのはいいがくれぐれも学生なのだということを全員忘れないように…」
「あーあーうっせーよ石頭!クリスマスだからいいんだよ!これも校則なの」
「何っ…!?そうなのか!?」
「いやいや、ないからね石丸」
冷静につっこみながら桐生は烏龍茶を呷る。
場の雰囲気や気分がそうさせるのか、ただの烏龍茶なのに酔ってしまいそうになる。
参加前までは何かとため息が多かった十神も何だかんだで嫌そうではなさそうで、窓際で腐川につきまとわれながらも持参したミートローフを食べていた。
どうせ欲しいともらいにいった所で凡人には早い代物だとか何とか言われてくれるかわからなかったので遠目からその高級そうなミートローフをぼんやりと眺めていると肩を叩かれる感覚で現実へと引き戻された。
「桐生!今日はマジックやらないの?」
「んー…じゃあ…」
横を向けば朝日奈が期待と興奮に満ちた瞳をこちらへと向けており、傍にいる大神と桜庭も同じような瞳を向けている。
特に何も考えていなかっただけに期待が痛かったがすぐに何か思いついたのか、緩く口元に弧を描かせて飲み物を注いでいた舞園と苗木へと声をかけた。
「舞園、そこにある俺のブレザーとって」
「いいですけど、寒かったですか?暖房入れましょうか?」
「そうじゃなくてー…っと、あったあった」
渡されたブレザーのポケットを弄って目的の物を見つけたのか、桐生は手のひらに一つのシルバーリングを転がせた。
不思議そうにしながらも皆また何か面白いことが起こるのだろうと、瞳を輝かせて彼を見つめている。
やがて少し思案してから桐生は舞園の隣で見守っている苗木へと視線を移して、彼と彼の手元にたくさんあるプラコップを交互に見る。
「苗木、そのアイスコーヒーのコップとサイダーのコップとって」
桐生の言われるがままにコップを渡す。まるでテレビでよくやるような展開に胸の鼓動は自然と強くなっていく。
そうして桐生は両方を机へと置いてゆらゆらとたゆたう漆黒の湖の方へと手中のリングを入れた。確かにコーヒーは水を跳ねさせてリングをのみこんでいく。
「リングの引っ越し、ってな」
言葉と共に一度両のコップの側面をゆっくりと撫でる。
再び皆の目にコップの中身が見える頃にはサイダーのコップの底にはさっき入れたはずのシルバーリングが沈んでいた。
湧き上がる歓声にくすぐったそうにしながら桐生はサイダーのコップを苗木へと手渡す。
「すごい…!本当に移動してるよ!」
「ん、成功だなー。じゃあそれ、苗木にやるよ」
かけられた言葉に困惑している内に桐生は「苗木だけずるい」だの「どうやったんだ」だのと騒いでいる朝日奈や葉隠に絡まれて皆の輪の中へと消えてしまった。
一応は商売道具の一部である物を簡単に譲渡してよいものか首を傾げたが、やがて苗木はサイダーを眺めて、それから今度はどうやって取り出そうかということについて首を傾げる。
結局飲み込まないように気をつけながら中身を飲んで取り出した。ハンカチで丁寧に拭けば、リングはシンプルな輝きを放ち始める。
「やっぱりすごいよね、桐生クンは」
「あ、桜庭さん」
飲み物を取りに来たのか、いつの間にか隣にいた桜庭が、オレンジジュース片手に苗木とリングを見て楽しそうにそう言った。
わいわいと皆で集まって盛り上がっている傍で、二人は穏やかにそんな喧騒を見つめる。
「それ、つけないの?」
「ボクはこういうのしたことないからさ、つけづらくて」
気恥ずかしそうに苦笑すれば、桜庭もおかしそうに笑った。
確かに苗木がアクセサリーの類を身に着けている様は見たことがない。似合わないわけではないだろうが、想像し辛いだけに余計おかしく感じられた。
すると苗木は暫し沈黙した後、ゆっくりと言葉を紡いでいった。
「ボクが持ってても仕方ないし、桜庭さんさえよければ…」
「…くれるの?」
頷く苗木を見て桜庭の顔に輝きが増す。
こういうアクセサリーは嫌いじゃない。むしろ好きだ。かわいいし綺麗だしで憧れる。
だが絵を描く時に邪魔になったり汚れたりすることが嫌で買って身に着けようと思ったことは一度もなかった。
「ありがとう、苗木クン!」
「お礼は桐生クンに言って。もとは彼がくれた物なんだしさ。じゃあ、はい」
「あっ…ちょっと待って!!」
渡そうとした苗木を手で制す桜庭。
不思議そうにする彼を見つめて恥ずかしそうにはにかみながら、彼女は雪のように真っ白な左手を苗木の方へと突き出した。
苗木も桜庭の意図がほんの少しではあるけれど理解しかけていたのかもしれない。
瞳に僅か動揺の色を塗り込めて、男子にしては大きな目を彼女へと向けていた。
「実は昔から憧れてたんだ、エンゲージリング。嵌めてくれるかな、苗木クン」
「えぇっ!?ボクが!?あ、いや…嫌ってわけじゃないんだけどボクが相手じゃ…!」
「あはは!こんなの遊びみたいなものなんだからそんなに気にしなくても大丈夫だよ」
遊びだと言っているけれどうっすらと頬を赤く染めている彼女に、急に愛しさがこみ上げてくる。
やがて了承の意を込めて深く頷けば、桜庭は再度左手をこちらへと突き出した。
遊びのはずなのに妙に彼女との間の空気は緊迫したものになっている。
手をとって、ゆっくりとはめられていくリング。
ダイヤも真珠も何もついてはいない味気ないリング。おまけにサイズだって合っていない完全なおままごとレベルの誓いの儀は時間にしてみれば数秒だったのだろう。だがそれは自分にとっては限りなく永遠に近しき時間だった。
これが本当のプロポーズだったならと、そう思わずにはいられない。こみ上げてきた桜庭への好意はクリスマスのせいもあるのか、甘ったるい波となって己の心を満たしていった。
「…綺麗」
そんなもの、本物の誓いの指輪に比べればきっと霞んでしまうだろう。彼女だってそれをわかっているはずなのに。
それでも桜庭は、天井の照明へと手をかざしてこれ以上ないほど柔和な笑みを湛えていた。
やがて指の隙間から見えた外の景色に、桜庭は一層明るい声を発す。
「雪…?見て、苗木クン!雪だよ!」
「え?あ、本当だ!すごい…!ホワイトクリスマス、だよね」
窓の外に降る白い粒に二人が気づいたのとほぼ同時に他の皆も気づいて騒ぎ出す。
確かホワイトクリスマスになる確率はとんでもなく低いそうだからこれはラッキーだ。ここで発揮された自分の才能に、感謝せずにはいられない。
それまでカラフルだった外の景色は瞬く間に辺りを白銀へと塗り変えていった。
「私…今日が人生で一番で最高の日になったよ」
幸せそうな笑顔で、語る桜庭に自然と苗木にも笑みが宿る。
彼女の話に同調したい気持ちもあったが、実際に口に出した言葉は単純な肯定ではなかった。
「まだだよ、桜庭さん」
「え?」
「二年になっても三年になってもこうしてパーティーをやろう。そしたら今日が一番なんてことにはならないよ」
そう言うと桜庭は綺麗に微笑んだ。
幸せには底がない。これは桜庭とふれ合ってきて痛感したこと。
苗木はぼんやりと窓の外の雪を眺めながら
やっぱり来年のクリスマスは本物の誓いの指輪を用意してしまおうか、なんて
そんなことを考えていた。
(メリークリスマス、ボクの奇跡)