「あー…あー…」
「何?どうしたのレイラ?」
「あー…」
「何ですって!?最近兵長が冷たい!?」
「え、何で言ってることわかるんですかペトラさん」
「うぅ…私だってわかってるよ…?兵長は忙しいから色んな仕事こなさなきゃいけないぐらい…でもそれにしたってさぁ…!もおぉ…仕事と私どっちが大事なの!?」
「お前は兵長の嫁か」
「まだ嫁じゃない!!」
「さりげなく“まだ”って言ったよ」
「くぅ…!もういい、ヤケだ。兵長がそういうつもりなら今日は私だって兵長に冷たくしてやるんだから!!」
「それ余計にこじれるから止めたほうがいいわよ」
「いいの!!私だって怒る時は怒る!」
リヴァイ班の怒涛の一日はこんなレイラの怒りから始まった。
「レイラ、兵長だってそんな冷たい態度とられたら寂しいと思うわよ?」
「先に冷たくしてきたのあっちだし」
「ガキの喧嘩じゃねぇんだから、拗ねるなんて器が知れるぜレイラ」
「恋人もいないオルオに言われたくない」
特に仕事もなく、久しぶりの休みにリヴァイ班は何故かレイラの機嫌を直そうとしていた。
彼女の機嫌が悪いと後々リヴァイの機嫌も悪くなる可能性があったので皆必死だ。あの手この手で奮起しているがどれも暖簾に腕押し、糠に釘である。
「というか、兵長とレイラさんの関係ってそうだって言われなきゃ気づかないですよね」
「…!!」
「あ、馬鹿エレン!!んなこと言ったら…」
「……どうせ…どうせ私達の関係なんてそんなもんですよっ!不釣り合いですよっ!!うわぁぁぁぁぁ!!」
「…ほら見ろ。エレン、お前のせいだぞ」
「え!?俺そんな泣かすつもりは…!!」
「エレン、とりあえず乙女心というのを一から学んできなさい」
「そんなんどうやって…とりあえずレイラさん、すいませんでした」
「うわぁぁぁぁぁ!!うわぁぁぁぁぁ!!エレェェン!死ねぇぇぇ!!」
「ど…どさくさ紛れにすごく酷いこと言われた気が!!」
「あぁ…またややこしくなってきたなぁ…」
グンタは頭に手を当ててぽつりと言葉を漏らす。
今のレイラには何を言っても地雷を踏んでしまうことになるような気がする。
「あー…今から団長の所に行ってこようかなぁ…そして明日まで帰らなーい…ふふ…」
「マズいわ、レイラがもう何もかもどうでもよくなってきてる…!!」
「うおぉぉぉ!!レイラー!!それだけはっそれだけは止めとけ早まるなぁぁ!!」
「止めないで、オルオ。女にはね…やり遂げなければならない時があるの…!!」
「うん。とりあえずそれは今じゃないだろうな」
「え?団長の所に一泊するだけの何が駄目なんですか?」
「エレン、頼むからもうお前黙ってろ」
「エレン…レイラはね、団長と一夜の過ちを…」
「言わんでいい!!」
いよいよレイラの思考が危ない方へと向かってきた。放っておけば本当にエルヴィンの所に行きかねない。そんなことになったら調査兵団誕生以来の大事件に発展する気がする。
とりあえずリヴァイ班は崩壊必須。
「いかんいかん!!それはいかん!!」
「何かいい策はないのエルド!?」
「おいおい、俺を忘れてもらっちゃ困るぜ」
「あんたには期待してないわよ」
「あんだと!?まぁ何も言わずに俺に任せろ、討伐数一番の俺を舐めんな…!行ってくる」
「討伐数関係ないだろ」
漫然と部屋の隅でいじけているレイラへと歩み寄るオルオ。
「おいおいレイラ、いつまでもそんなんじゃ兵長に心配されるか蹴られるかされるぞ、いいのか?」
「もうそれでいい…心配してくれる尚いい…でも最近会ってすらなぁ…ははは」
「…………いや、きっと心配してくれる……だろ。俺が言ってんだから…!」
「うわぁぁぁ!!この世で一番いらないお墨付きもらったぁぁぁ!!もうあんたどっかいけぇぇぇ!!」
すごすごとペトラ達のもとへと戻ってくる。誰の目から見ても悪化した。レイラの周りだけ明らかに先ほどよりもどんよりしている。
「ほらみろこれだよ!!だから私はあんたに任せたくなかったのよ!」
「い…いや…さすがにすまねぇ…あそこまでネガティブ思考に浸かっていたとは…」
「まぁ…やってしまったもんは仕方ない…」
「もう駄目だ終わった。リヴァイ班はいい班だったなぁ…」
「いかん…エルドが考えることを放棄してる」
何かどうしようもない負のスパイラルにはまった気がする。
ペトラとグンタはいい案が浮かばずオルオは使いものにならない。エルドは遂に現実逃避に入った。
「あの…ちょっとすいません」
「「お前は黙ってろ」」
「…はい」
エレンは完全に戦力外。
皆、段々とレイラと同じような陰鬱な雰囲気を醸し出し始め、ため息をついた。
その時、元気な声と共に扉が開く。
「こんにちはーリヴァイ班のみんな。ちょっといいかな?…って、どうしたの?」
「あ、ハンジ分隊長…!」
入ってきたのはハンジだった。お通夜のような部屋の様子に驚いている。
「あ、あぁ…これはちょっと深い事情があって…それよりどうしたんです。何かご用ですか?」
沈んでいる先輩の代わりにエレンがハンジの対応をした。彼女は気にしない方がいいと判断したのか、本題を切り出す。
「ええとね、誰でもいいからこの書類をリヴァイに届けてほしいんだ」
ハンジの言葉にペトラ達は一斉に彼女を見て、その次にレイラを見た。
そしてしばらく抜け殻のように気力をなくしてぐったりとしている彼女とハンジの手に持っている書類を交互に見る。
「「これだー!!!!」」
「…まったく、傷心の仲間をお使いにいかせるなんてみんななんて薄情なの!!」
ぶつくさ言いながらレイラは本部の廊下を歩く。皆から口々に行ってこいと言われてしぶしぶこうしてリヴァイに届け物をする羽目になったのだ。恐らく皆気をつかってくれたのだろう。ちゃんと彼と話し合ってこいと。
本当は彼女だってわかっていた。本当にリヴァイはただ毎日が忙しいだけで自分に構う時間なんてないことくらい。時々話す時は割と優しくしてくれている。それは嬉しいのだが、やはり何かが満たされない。
こんなただの独り善がりな自分のわがままでこんなに気分を落としているのが馬鹿らしく思えてくる。
「はぁ…何してんだろ私…」
人気のない廊下に響く自分の虚しい呟き。それにすら気分が落ち込んだ。
「何ため息ついてんだ」
後ろから聞こえてきた声に力なく振り返る。
「あ…兵長…!!」
「こんなとこで何してんだお前」
口をぱくぱくさせているレイラを見て、怪訝そうな表情を浮かべるも、リヴァイは彼女の持っている書類に目を止めて納得したようにそれに手をのばす。
「あのクソメガネ…自分で渡しにすら来れねぇのか」
そしてパラパラと中身を確認する彼にレイラはとつとつと言葉を紡いだ。
「あ…あの…兵長」
「何だ」
こちらに視線を寄越さずに紙束に目を通している姿に何故か泣きそうになる。こみ上げる涙を抑えようとするとうまく言葉が出てこなかった。
「わた…し…私ッ…兵長が…好きですッ…!大好きなんですッ…」
リヴァイは少し目を見開いてやっと彼女を方を見る。
その瞳は「知っている」と言いたげだった。
「でも最近兵長…忙しくて…私…不安で…不安でッ…!」
後は言葉にならなかった。涙を抑えきれずにただ泣く。こんなの彼を困らせるだけなのに。
するとのびてくるリヴァイの手。その手はレイラの頭を押さえて彼の方へと引き寄せた。そして重なる唇。最初はただ触れるだけの簡単なもの。だが、それは角度を変えて何度も何度も行われた。
「兵…長…?」
リヴァイは何も言わずただぐしゃぐしゃと乱暴にレイラの頭を撫でる。強い力だったけれどそこには確かに愛情を感じた。
ひとしきりそうした後にやはり無言で彼はその場を去っていく。しかし、すぐに立ち止まり、首だけを振り向かせて彼女に言う。
「レイラ、今日の夜はあけとけ」
「え…?」
「寂しかったんだろうが。かまってやるよ」
「…!!」
おたおたとしている彼女を残して今度こそ去っていった。
後には顔を真っ赤にしたレイラだけが残された。
とりあえず…みんなにお礼を言いにいこう。
満面の笑みで部屋に戻って散々班の皆にからかわれるのはまた後の話。
からかわれている時もレイラはわからなかった何かが満たされているのを感じて幸せそうにしていた。