「レイラは所属兵科、何にするつもりなんだい?」
「私は調査兵団にするつもり」
「それはやっぱりエレンと一緒にいたいから?」
「んー…それもあるけど…巨人が許せないっていう理由のが大きいかなぁ」
立体起動術の訓練後の休憩。
水を飲みながらレイラは隣に座るマルコと取り留めのない話をする。
「マルコは憲兵団がいいんでしょ?」
「うん。王に仕えるんだ」
「いいね。全てを捧げられる存在があってさ」
「レイラにはエレンがいるじゃないか」
「…どうだろう。大好きだけど私はミカサみたいにエレンの為に死ねないと思う。死ぬの怖いし」
少し遠くでミカサと話しているエレンを見てレイラは苦笑する。
「何か情けないね、私…弱い自分が嫌になる」
「そんなことないよ。調査兵団に入ろうっていう思いは本当に弱い人にはできない」
「あはは、ありがと。優しいねぇマルコは。エレンにふられたらマルコに乗り換えようかなぁ」
「え!?」
「冗談冗談!ねぇマルコ、お互い頑張っていこうね」
「あ、あぁ、うん。もちろん」
燃え盛る炎。
空を舞う人間の破片。
その中でレイラは体育座りをして膝に顔を埋めた。纏わりつくような熱風を身に受けながら、目を閉じる。そうすると脳裏に鮮明に思い出せる数多の凄惨な光景。
トロスト区に侵入してきた巨人達。実際に目の当たりにした巨人の食事。遠くに見た最愛の人の最期。その人が巨人となって奴らを殺し回った姿。そしてつい先日まで笑い合っていた仲間の死体。
全てが恐ろしかった。
心では生きていたエレンに抱きつきたかった。でもできなかった。自分は恐怖に負けたのだ。
トロスト区の壁を塞いだ後は彼には会っていない。無事でいてほしいと願うが後ろめたさから会いたいとは思わなかった。
レイラは顔を上げて拳をぎゅっと握りしめる。
流れる涙が蒸発してしまうのではないかと思うほど炎の近くで呟いた。
「…マルコ…私ッ…本当に…弱い奴だったよ…」
それきりレイラは周りに誰もいなくなるまで、体中から水分が無くなってしまうのではないかと思うほどただただ声を上げて泣いていた。
「え…レイラ…今なんて…」
「……私は調査兵団には入らない」
所属兵科を決める日。
レイラは俯きながらそう言った。
皆彼女は調査兵団に入ると思っていただけに驚きは大きかった。
アニだけは特に驚きもせずにレイラを見つめている。
「待ってよ!ずっと調査兵団に入りたいって言ってたのに一体どうしたのさ…エレンと一緒に戦うんじゃ…」
そう言うアルミンにアニは冷たい視線を送った。
「レイラが決めたんならいいんじゃないの。あんたが引き止める権利はない」
「そ…それは…」
「はは…いいんだよ、アニ。ごめんね、アルミン…深い理由なんかないの、巨人が…死ぬのが怖くなっただけ」
悩んだ。馬鹿みたいに悩んで悩んで決めた。
調査兵団に入ってエレンと共に戦うか、内地で身の安全を保証するか。
結局彼女は後者を選んだのだ。
助かりたいという思いももちろんあったが何より、誰かが巨人に食べられて死ぬ光景を見たくはなかった。
だから、逃げる。内地へ行けば、死ななくて済むし、そういったことは見なくてすむから。
こんな事を思っているだなんてエレンに嫌われてしまうだろうか。それだけは気がかりだった。
「…ごめんね……本当に…ごめん」
「レイラ…」
アルミンが何かを言おうと口を開きかけた時、それは遮られる。
「訓練兵整列!壇上正面に倣え!」
「あ…行こう。アルミン、アニ」
「う…うん」
移動している最中もレイラは心の中でずっと「ごめん」と繰り返していた。
そして複雑の心境のまま、調査兵団への勧誘が始まる。
団長の演説がどこか遠くのもののように感じた。
それでもレイラはゆっくりと団長の話に耳を傾ける。
「新兵が最初の壁外遠征で死亡する確率は五割といった所か。それを越えた者が生存率の高い優秀な兵士へとなっていく」
そんなこと知っている。いや、正確にはわかっている。
トロスト区の件で痛いほどそれは実感した。
「この惨状を知った上で自分の命を賭してもやるという者はこの場に残ってくれ」
心臓の鼓動が徐々に大きくなっていく。
何かが頭の中でグラグラと揺れた。
「もう一度言う…調査兵団に入るためにこの場に残る者は近々殆ど死ぬだろう」
心臓の音がうるさい。
お願いだから…静かにしてよ…
「自分に聞いてみてくれ。人類のために心臓を捧げることができるのかを」
やめて
それ以上何も言わないで
もう決めたんだ
私は…
「以上だ。他の兵団の志願者は解散したまえ」
次々とその場から立ち去る同期達。隣にいるアニも団長に背を向ける。
行かなければ。早く、早く…
私は震える体を無理に動かして残るミカサ達に背を向けた。
そしてゆっくりと歩き出す。何故か目頭が熱くなった。
歩を進めながらふと思い出すのはエレンのこと。
彼とはこれから違う道を歩む。あの腕で私を優しく抱きしめてくれることももうないのだと思うと悲しくなった。
我ながら何て独りよがりな考えなんだろう。
そうして彼のことを考えているとふと頭に浮かんでくることがあった。
これから先、エレンがもし死んでも、私はその時に彼の隣にいることはできないのだと。
今更ながら思いついた考えに思わず足を止める。
エレンが死んだ時、その情報を事務的にしか伝えられないのか。
それは何て…何て恐ろしいことだろう。
いや、エレンだけじゃない。他のみんなだって…
嫌だ…そんなのは嫌だ。
私は後ろを振り返る。仲良くしていた仲間のほとんどがそこにはいた。
それを見て拳を強く握りしめる。そしてボロボロと涙を流し、私はただただ謝罪の言葉を述べることしかできなかった。
ごめん…みんな…ごめんね。
弱くてごめん
調査兵団に入って初の壁外調査。
エレンは見慣れた人物達を見つけて声をかける。
「お前らも調査兵になったのか!」
ミカサやアルミン達の中で彼はそこにはいない人物を思い浮かべた。
「憲兵団に行ったのはアニとマルコとジャン、それに…レイラか」
その言葉と同時に後ろから声が投げかけられる。
「マルコは死んだ」
「ジャン…!お前もいたのか!!それより今何て…マルコが死んだ…?」
「あぁ、誰しも劇的に死ねるってわけでもないらしい」
「そんな…なら…レイラは…!?死んでないよな!あいつは憲兵団に行ったんだろ!?」
今にもつかみかからん勢いでエレンはまくし立てた。
ジャンは軽く頷いて後ろを振り返る。
「死んでねぇよ。巨人襲来の件は相当応えたみてぇだけどな。けど、憲兵になったわけでもねぇ。おいレイラ、隠れてねぇで出てこいよ」
そう言われて人影から恐る恐る出てくる少女。
それは幻でも何でもないレイラだった。
「レイラ…お前…」
驚いて呆然とするエレンに、彼女はぽつりぽつりと話し出す。
「私ね…本当は憲兵になろうと思ってたの…でも…でもね…怖くなった。私の知らない間にみんなが…エレンが死んじゃうんじゃないかって…怖くて怖くてしょうがなくなって、結局は…」
何か熱いものがこみ上げてくる。
そしてふと前を見ると、エレンが真っ直ぐに自分を見つめていた。
レイラは耐えきれなくなったのか、しゃべるのを途中で止め
力強くエレンの胸へと飛び込んでいった。
弱いままでいい。
あなたの近くにいられるのなら
私は一生弱いままで構わない。