「あのさ…男子諸君。あ、あとミカサも」
「どうしたの?レイラ」
「あー…アルミンはちょっと…頼りないかも…」
「え、ひ…ひどいなぁ」
「で、何だよ」
「うん…あのねぇ…見ちゃったんだよねぇ…いや、見間違いだと思うんだよ?思うんだけど…あれはなぁ…」
「……レイラ、だから何…?」
「…………見ちゃったんですよ……………幽霊というやつを!!!!!」
104期訓練兵の混乱と事件はレイラのこの一言から始まった。
「幽霊…それは人知をこえる存在…恐怖の象徴…そう!それは人々を不安にさせる者達である!!!」
「何語ってんだお前」
夜。レイラは落ち着かないのか先程から一人でベラベラしゃべりながら器から中身をこぼさんばかりにスープをばちゃばちゃいわせて口に運んでいた。
「いやいやいや!だってみんなが今日確かめてみようとか言うからじゃん!いや、主にコニーが!コニーが!」
「何だよ、気になるんだろ?だったら調べた方が早いじゃん!」
「だからってねぇ!いきなりはないでしょいきなりは!心の準備とかさぁ!!」
ジャンはうるさそうに耳を塞ぎ、パンをかじる。
「じゃあ止めろよ。どうせ見間違いだって!」
「いやそれは…ほら…ほっといてもし枕元にでも出られたら…そういう感じのかまってちゃんゴーストだったら困るじゃ…ないですか」
「なら腹括れ」
「うわぁぁぁぁぁん!!」
「何で泣く」
机に突っ伏して泣き喚くレイラの背をさすりながら励ますクリスタ。
ため息をつきながらその光景を見つめ、ジャンはエレンの方に向き直る。
「おいエレン。お前の女だろ、どうにかしろよ」
「…知らねぇよ」
明らかに何かに拗ねていた。
そんなエレンにアルミンは苦笑するだけである。
するとミカサがゆったりと口を開き、抑揚のない声で言った。
「…エレンはレイラが真っ先に自分を頼ってくれなかったから拗ねてる」
「おいミカサっ!余計なこと言うなよ!」
「ガキかお前は」
こみ上げる笑いをこらえるジャンをよそにライナーは深いため息をつく。
「盛り上がるのはいいが教官に見つかんないように気をつけなきゃならないの忘れてないだろうな」
その一言で場の空気が凍りつく。全員完全に忘れていたようだ。
夜抜け出したのがあの教官にバレたとあれば全員罰則だ。
「何だよ。本当にお前ら忘れてたのか」
「シャーラップ!!!教官が怖くて幽霊なんて見にいけないでしょうよ!!一度行くと言った奴らはキャンセルなし!道連れ道連れー!」
レイラはそう言いつつエレン、アルミン、ジャン、ライナー、マルコ、コニー、ベルトルト、ミカサを見回す。
自分らを道連れにして行く気満々のレイラにエレンはおずおずと声をかけた。
「おいレイラ…そこまでして幽霊なんて確かめに行かなくてもさ…」
「むぅ…エレンまでそんなことを…!!よし、わかったわかった。ついてきてくれたら後でキスでもしてあげるから!!」
「はぁ!?お…おいっ!抱きつくなって!!」
頬を真っ赤に染めて慌てるエレンをレイラは後ろからぎゅーっと抱きしめる。
この映像が別に見せつけているわけではなく、天然でやっている辺りが質が悪いと訓練兵達の専らの噂である。
「はぁ…どうでもいいけど行くならとっとと行くぞ」
「あ、待って待って!こういうのってやっぱり草木も眠る時間帯がいいんじゃない!?んー…あとは十字架とか…」
「……レイラ…色々間違ってる…」
自分の失言に気づき、レイラは顔を赤くしながらポカポカとミカサを殴った。
逸れていった話を戻すようにアルミンが口を開く。
「でも何にせよ、役割は決めないといけないよね。とりあえず見張りは二人くらいいるから…一人はこれは僕がやるよ。もし幽霊の正体が入り込んできた不審者だったら僕役に立てるかわかんないからさ」
「ならもう一人は俺がやろう」
アルミンとライナーが見張りに決まった。他の者は捜索。
「……よし、いざ…みんな、行こう!!おらぁぁ!待ってろ幽霊!!」
「待つなよ、んなもん」
どこか締まらないレイラの号令を合図に、一同は小屋を出て薄暗い敷地奥を進み始めたのだった。
「むりむりむりむりむりむり…あぁ〜マジ止めとけばよかった…」
「何回むり言うんだよお前は!一番意気込んでただろうが!」
「いやぁ…行く前が一番楽しい原理を忘れてた…」
一同はため息をつきつつも丁度レイラが幽霊を見たという場所にたどり着く。
草木に身を隠し、皆で辺りを確認する。これでしばらく待って出なかったら帰るという手筈になっていた。
「怖いぃ…怖いぃ…あぁ〜…助けてください…神様王様巨人様ぁぁぁぁ…」
「おい、それは止めとけ。それ言ったらおしまいだぞ」
「ごめんジャン…神様の部分は取り消すわ。非現実的だったわ」
「いや…多分そこじゃないと思うんだけど…」
「止めとけマルコ。今のレイラには何言っても通じねぇ」
「…エレン…まだ拗ねてるの…?」
「そんな俺はガキじゃねぇ!!」
「おいお前ら!!静かにしろ!!」
突然のジャンの声にレイラは冷や汗を流しながら彼が見ている方を見る。
「あの辺…何かいねぇか…?それに黒い影みたいなのが動いてるような…」
「え、やっちゃった?マジで見ちゃったパターンのやつ?」
レイラだけでなく全員が影の方を見た。
確かに何かが蠢いている。時々小さくなったりまた大きくなったりする影。
ゆらりゆらりと蠢くそれはやがてゆっくりと近づいてきた。皆すぐに逃げられるように影が近づいてくる分だけじりじりと後退する。
やがてその影の輪郭がはっきりしてきた時、一同は目を見開いた。
「…あ…あれ…って」そして皆が声を殺しながらも叫んだ。
「「教官ーーー!!!!?」」
よく見知っているその姿。
あの恐ろしき鬼教官がこんな夜中に何かを拾っている。
レイラは影が小さくなったり大きくなったりしていたのは彼がしゃがんだり立ったりしていた為だったのかと妙に冷静に納得していると不意に服が引っ張られる。
「何やってんだレイラ!!!早く逃げるぞ!」
「え…あ…うん!!」
見張り二人組とも合流し、一同はひたすら走った。
まさか幽霊の正体が教官だなんて夢にも思わなかったのだ。皆混乱しつつ食事をしていた小屋まで一休みもすることなく全力疾走。
そして小屋の前まで着いた時、レイラ達はその場に緊張状態から解放されて崩れ落ちた。皆息を切らせながら座り込んでいる。
レイラは自分達とは対称的な、星の散らばる穏やかな空を仰いで彼女は笑った。
「あはははは!!!!!ま…まさか教官だったなんてっ…幽霊よりおっそろしい…!!ふふ…あははっ!!」
はぁはぁと言いながら、それでも笑うレイラ。
それにつられて皆も笑う。最初は小さく笑っていたがやがてそれは軽快な笑い声へと変わっていく。
そして仲間達の笑い声は夜の星煌めく空へと溶けていった。
「あ!ねぇエレン」
「何だよ?」
振り向いたエレンにレイラは小さくキスを落とす。
驚いたのはエレンだけではなく周りの皆も驚いて二人を見た。
「なっ…!!いきなり何すんだ!!」
「えー、だってさっきキスしてあげるって言ったじゃん」
「それでも何で今なんだよ!!」
「いーじゃんかー」
微笑ましい言い争いを繰り広げる二人をため息をつきつつ見守り、アルミンはぽつりと呟く。
「本当に仲がいいね、二人は。ちょっとエレンが羨ましいな」
レイラはその呟きに、にっこりと微笑んだ。
「へへ、もちろんアルミンも他のみんなも大好きだよ!!でもね、エレンはもっとずっと大好きなんだ!!」
みんなみんな大好き。
ただね、ただそれだけなんです。