ただあの人に憧れて調査兵団に入った。
必死に背中を追いかけた。
そして憧れはいつしか恋心に変わってた。
好きで好きでたまらなくなって
ずっと傍にいたいから生き残るようになった。
そしてあの人は私をとても大事にしてくれる。
でもきっと
私のことも必要とあらば
簡単に必要な犠牲としてあの人は切り捨ててしまうのでしょう
「壁外調査…ですか」
今月の終わりに壁外調査に行くことが決まった。
レイラは己の上司であるハンジから聞かされたその情報を小さく反芻する。
彼女の呟きを聞き終えてからハンジはメガネをかけ直してから告げた。
「それでね、レイラには右翼の索敵班に回ってほしいんだ」
「あ、分隊長と一緒じゃないんですね」
「うん、今回は調査も兼ねての巨人捕獲も目標だからね」
「分隊長…目がギラギラしてますよ…」
巨人のこととなると歯止めが利かなくなる我が上司。
新兵の頃は大分困らせられたものだが今はもう慣れた。
「そしてレイラには巨人の捕獲、こちらを第一目標にしてもらいたい」
なるほど。
索敵をしつつ可能ならば確保。
これが今回の自分の役目だ。
「了解です。人員はどれくらい割くおつもりですか?巨人捕獲を確実にするならそれなりに人数も必要だと思うのですが…」
「あぁ、巨人捕獲はできたらでいいから。人員を右翼ばかりに回すわけにもいかないからね」
言葉とは裏腹に残念そうな表情のハンジ。
きっと巨人捕獲の件も上に無理を言ったに違いない。
「ですがなぜ私が?もっと適役がいたかと…」
さっきから引っかかっていたことを口にする。
別に自分でなくともこの役回りはできたであろう。
「そんなことはないよ!君の立体起動における機動力、反射神経が必要なんだ。捕獲にはこれらが備わっていないと各段に難しくなるからね。殺すのとは訳が違うから…」
興奮しながら話すハンジをよそにレイラは机に突っ伏して頼りない声で返事をする。
「うぅ…そう言ってくれるのは嬉しいんですけどあんまりプレッシャーかけないでくださいよ〜…」
「はは、無理はしなくていいよ。君に無茶をさせると私がエルヴィンに怒られてしまうから」
「団長に…?」
「うん、そりゃあ誰だって大切な人を危険に晒したくはないだろう。君を巨人捕獲班に回すのだって結構大変だったんだよ」
その言葉にレイラはうっすらと頬を朱に染めた。
それを気取られぬように机に突っ伏したまま言葉を発する。
「……でもきっと団長は必要なら私だって切り捨てます」
ハンジはそれに「どうかな?」と返した。
ハンジの表情を窺うことは出来なかったがレイラには笑っているに感じる。
「確かにエルヴィンならそうするだろうね。でも…最近君と彼が一緒にいる所を見ていると本当にそうなのかなって思うんだ」
「えー…そうですかー…?二人の時は大体コーヒー飲んでお話してるだけですよー?」
コーヒーを飲んで何でもない日常を話す。それが二人の日課のようなものだった。たったそれだけだが彼女にとっては幸せな時間。
ハンジは笑いながらレイラの肩に手をポンと置く。
「はは、まぁ何にせよ、無事に帰ってくればいいんだよ」
ハンジの言葉にレイラはしっかりと頷く。
エルヴィンの傍にいたいなら足手まといにならなければ
そして生き残ればいいんだ。
ただそれだけなんだ。
壁外調査当日。
エルヴィンはいつもいるはずのハンジの隣にいるレイラの姿を目で追った。
だが今日は彼女はいない。次列索敵班の方にいる。
思えばレイラが自分の目の届く位置にいないのは随分久しいことだった。
視線に気づいたハンジは申し訳なさそうに苦笑する。
「ごめんね、今回の捕獲作戦にはレイラが一番適任だったから」
「そのことに関しては既に納得している。異論はないよ」
そしていまだに申し訳なさそうなハンジから視線を外し、エルヴィンの号令の元、壁外調査が開始した。
馬を走らせ、巨人を探す。
単純そうだがこれがなかなか骨の折れる作業だ。
レイラは班の最前列を走りながら、周囲を慎重に見渡す。
するとすぐ後ろを走っていた仲間が少しスピードを上げて自分と併走するように並んだ。
「レイラ!北に巨人の姿を確認!!どうやら一体のようだ。どうする、目標を捕獲するか?」
「そうだね…とりあえず調査も今回の目的だけど捕獲が済めば早々に街に戻るって手筈だから…早い方がいいかもしれない」
「よし、なら…行くぞ!!!」
「了解!」
全員が一斉に巨人に向かって進行方向を変える。
そして上手く先に行って捕獲準備を整えているだろう場所へ誘導できればこちらの勝ちだ。
そう思いながら森の中を走っていたその時、彼女は突然の光景に目を丸くする。
「え…?」
一体、二体、三体、四体。
木々の隙間からどんどんと巨人が姿を現す。目の前の一体に気を取られていたせいで他への注意を怠っていたのだ。
「うわぁぁぁ!!」
「ひぃ…!!」
驚いている暇などなく、後方で走っていた二人が巨人に捕らえられる。
「くっ…!!全員逃げ…きゃッ…!!」
バシンと、奇行種と思しき一体にレイラは馬からはたき落とされた。
頭からは血が流れ、意識が遠のいていく。
「ッ…!!みん…な…」
目の前で食われていく仲間達。動かない自分の体。
眼前に広がる赤い世界を最後に、レイラはゆっくりと目を閉じた。
死んだのか、自分は。
死んだのだとしたらここはどこだろう。巨人の腹の中だろうか
とても暖かいしフワフワした気分だからきっとそうなんだろう。
もっと生きていたかった。
もっと兵士として活躍したかったし
何より、もっと大好きな人と一緒にいたかった。エルヴィンともっと一緒に…
「……ん…」
開ける視界。
今まであった暗闇はもうそこにはなく、ただ見覚えのある天井がそこにはあった。
「起きたか」
「あ…リヴァイ…兵長に…団長…?」
横を向けば見知った顔。
レイラは状況がのみこめず、ただただ困惑した。
「私…死んだんじゃ…」
「索敵班の誰かが信煙弾を打ち上げていたんだ。深刻な状況になっていると判断してリヴァイがすぐに駆けつけた」
「そう…だったんですか…他のみんなは…」
「君以外は全滅した」
やはりそうか。なら作戦ももちろん成功しなかったのだろう。
するとリヴァイが椅子から立ちあがり「ハンジを呼んでくる」とだけ言って部屋から出て行った。
残されたレイラは顔を俯かせベッドのシーツをギュッと握りしめながらぽつりぽつりと話し出す。
「な…んで、何で…私を助けてくれたんですか…?」
「………」
「必要な犠牲だといつものように割り切っていれば…そしたら…作戦だって何か成功していたかもしれない…街の人達に税金泥棒なんて言われることもないのに…!」
レイラの言葉を聞いた後、エルヴィンは飲んでいたコーヒーを机に置いて、ベッドまで歩み寄ってくる。
「私は…君を切り捨てられなかった」
「…ッ!!」
「レイラを失った先の未来が怖くなった。人類の存亡がかかっている時におかしな話だが…」
そう言いながら愛おしそうにレイラの頬に触れる手。
彼の手の温もりにレイラは涙が出そうになる。
「私は人類の滅亡よりもレイラのいない世界を恐れた。そして結果的に作戦よりも君の命を選んだ」
エルヴィンは自分の唇をレイラの唇へと重ねた。
彼女の生を感じられるように優しくも、長くキスをする。
そしてレイラから離れ、手を握る。
「私はレイラを傷つけないで済む術を知らない。そして君の命を巨人から守る術も…だから…」
ゆっくりと、何かを決意するかのように。
彼は真っ直ぐにレイラを見つめた。
「どうか心だけは…つなぎ止めておきたい。レイラ、私と結婚してほしい」
自分の命を救ってくれた喜びも
さっきのキスの幸せな感触も
エルヴィンの今の言葉で全てが涙と共に流れていく。
レイラはそうして悲しみとは全く別の涙をこぼしながら
ただただ
目の前に彼を抱きしめ
何度も何度も力強く首を縦に降り続けたのだった。