「アルミン、すごいねこの本!!」
汚れのない大きな漆黒の瞳で彼女は僕を見る。
「うん!そうだよね!!ひとは外で生きてかなきゃ!」
本当に無邪気に笑いながら。
「その時が来たらアルミンも一緒に行こうね!あ、エレンとミカサも!」
彼女が本当に綺麗に笑うから僕は返事をするのも忘れてしまっていたんだ。
外の世界について書き記してある本を開く。
そしていつものように思いを巡らせる。
アルミンとレイラはよくそうして一緒に過ごしていた。
エレンやミカサがいる時もあるけれど二人よりはレイラといる時間の方が多いことは確かだった。
彼女といるのはとても心地よかった。
エレンといる時とは少し違う。ミカサといる時とも少し違う。とにかく心が暖かくなるそんな感情を覚える。
その感情の名前が恋だということに気づくのに時間はかからなかった。
「アルミン?今日は何だかよくボーっとするね。どうしたの?」
いつの間にかレイラに名前を呼ばれていたのだろう。アルミンは慌てて彼女の方へと顔を向ける。
彼女の瞳には心配の色がはっきりと見て取れた。
「ご…ごめん!あ、えっと…何でもないよ、大丈夫!」
「ほんとに?ほんとのほんとに大丈夫?友達なんだから何でも言ってくれていいんだよ?」
まだ幼いその瞳は尚も彼を心配そうに見つめている。
アルミンはもう一度レイラに笑いかけてから徐に今の今まで座っていた木箱から立ち上がった。
「ほんとのほんとに大丈夫だよ!少しだけ考えごとしてただけ。えっと、それよりさ、レイラに見せたいものがあるんだ」
「私に見せたいもの?」
「うん、きっと喜んでくれると思うんだ!今から持ってくるからちょっと待ってて!」
「じゃあ待ってるね」と自分を呼ぶ声を背に受け、アルミンは早足で家へと向かう。
その道すがら、彼は小さくため息をもらした。
レイラに見せたいものがあるのは本当だ。嘘じゃない。ただ、あの空気の中にいるのが耐えられなかったというのも場を去った一つの理由だった。
あんな瞳であれ以上見つめられていたら、自分はきっと彼女を必要以上に心配させたくなくて話してしまうのではないかと思うとあの場にはいられなかった。
自分はレイラが好きなんだとつい言ってしまいそうで。
だが、そんな馬鹿な話があってはたまらない。ずっと隠してきたことなのだ。エレンにだって話していない。もちろんミカサにだって。誰かに話す気なんて元からなかった。
大体こんな守られてばかりの弱い自分を誰が好きになるというのだ。
いじめっ子にいつもやられるだけやられて、そしてエレン達に守られる。いつもいつもそうだ。
だから、言わないと決めていた。友達という一線。これを守れば今はまだ彼女の隣にいることはできる。いずれ兵士になればそれもできなくなるかもしれないけれど。
「本当…僕って駄目なやつだなぁ…」
気がつけば家の前で、自分はそんなに深く考え込んでいたのかと苦笑する。
そして机の上に置いてあった小綺麗なネックレスを掴み、レイラの元へと急いだ。
角を曲がる所でアルミンは嫌な後ろ姿を見て「あ」と声を漏らす。彼の視線の先にいたのはいつも自分をいじめているあのいじめっ子達だった。
そして角を曲がりきった時、アルミンは驚愕し、目を見張る。いじめっ子達はレイラに寄ってたかり、彼女の艶やかな黒髪を掴んで思いきり地面へと叩きつけたのだ。
「な…何で…」
いつも自分と仲良くしているからレイラまで目をつけられたのだろうか。
いや、とにかくそんなことを悠長に考えている暇などない。
その間にもレイラは彼らに蹴られたりしている。彼女は抵抗できずにひたすら何かを抱え込むようにうずくまっていた。
「とッ…とにかくエレン達を呼びに…!」
そうしようとした所で動かそうとしていた足を止める。
呼びに行っている間にレイラがもっとひどいことをされたらと思うとそれが怖かった。
「どうすれば…!」
震える体。目には涙が滲んでいる。大切な子が傷ついているのにやっぱり自分は何もできない。こんなにも自分は弱かったのかと改めて思い知らされた気がした。
だけど、いつまでも弱いままではいけないのだ。決めたのだ。
レイラを守れるくらいに、エレンやミカサのように強くなりたいと。
そう思った時にはもう体は動いていた。武器も何もない丸腰の状態でいじめっ子達へと走っていく。
「うわぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!!」
その後のことはよく覚えていない。
ただ一つわかるのはこれがアルミン・アルレルトが人生初の勇気を出した瞬間だということ。
自分は気を失っていたのか、気がつけば日が暮れ始め、空一面が綺麗な橙色に染まっていた。
「アルミン!?よかった!目を覚ましたんだね!」
声のする方、自分の頭上を見上げれば、レイラの心底心配そうな顔が見えた。
「レイラ…あいつらは…?」
「大丈夫、あいつらはどっか行っちゃった。アルミンのおかげだよ!」
体に小さな傷をたくさん作った彼女はそう言ってわらう。
アルミンは傷を見て小さく呟いた。
「ごめん…僕のせいで…」
「何で謝るの?アルミンは悪くない。悪いのはあいつらの方だよ!」
「でも…僕は弱いから…君にけがを…」
「変なの、弱くなんかないよ、アルミンは。私なんか何もできなかったもん。これを守ることくらいしか…」
レイラはそう言って一冊の本を差し出す。
それは外の世界を記したあの本だった。
アルミンは本を受け取って本とレイラを交互に見る。何故だか目頭が熱くなり、瞳には涙が滲んでいる。
「ア…アルミン?」
心配そうな彼女を無視して、アルミンは大きく息を吸い込む。そして叫んだ。
「僕は…僕は強くなる!好きな子を…レイラを守れるぐらい!傷なんか作らせないぐらい強く!!」