真っ暗な視界から一転して広がるのは見慣れた明るい部屋。正確には真っ暗だったわけではないけれど、覚えていないのだから仕方がない。夢なんていつだってそんなものだ。

まだ覚めない頭でゆっくりと辺りを見回してみれば、そこには探し求めていた女が自身の隣で本を読んでいる。

「あ、おはよう、エレン」

おはようというのにはあまりにも濃くなってしまった橙色の窓の外。それだけで自分がどれだけ昼寝の枠を越えて熟睡してしまっていたのかが理解できた。

移ろいやすい空の色とは対照的にいつ見ても不変な彼女の微笑は、今の今までもう少しだけ夢の中に溺れていたいと思っていた自分を嘲笑うかのように存在している。
もっとも、そうまでして溺れていたかった夢の内容も今となっては断片的にさえ思い出すことはできないのだけれど。

「アルミンとミカサは?」

「さぁ、私が来た時にはエレンだけしかいなかったよ」

「私だけじゃ不満だったんだ?」なんて言いながら悪戯な笑みを浮かべる彼女に、エレンは困ったように首を横にふった。

少し疲れているのかもしれない。いつもならもう少し言葉を返しているはずだから。
あるいは兵士になってから様々なことがありすぎて追いつかないのかもしれない。

それは彼女も痛いほど察してくれているのか、彼女は隣で笑みを浮かべているだけだった。
だがそれが心地いい。

そうしてもう一度目を閉じかけた時、肩に軽い衝撃があって、エレンの視線は自然とそちらへと向けられる。
ふわり香るどこかいい香りを運んで、エレンへともたせかけられた彼女の頭がそこにはあった。

「何してんだ?疲れたんなら部屋に戻れば…」

そこまで言いかけた言葉は、彼女の穏やかな、だけれど強い言葉に遮られていく。

「いいの」

同時に握られる手。振りほどく気には微塵もなれなかった。伝わってくる体温は温かくて、また微睡んでしまうそうになる。

「エレンの隣が、いいの」

これはもしかして甘えなのだろうか。そういえばどこかでこれと同じような感覚を味わったような気がする。どこだったかは覚えていない。覚えていないからこそ、これは夢の中の出来事と酷似しているのだと確信できた。

溺れていたいはずだ。だって夢の中でも彼女と共にいたのだから。

「最近エレンは訓練とかで忙しそうだから…充電」

それはどちらの為の充電だろうか。こちら側が充電されてしまっているような気もするが。

ただ、くっついて離れない様子を見るに、寂しい思いをさせてしまったらしいことは理解できる。普段不満や甘えをぶつけてこない分、こんな姿は新鮮で、心臓の鼓動を大きなものにしていった。

「じゃあもう寝ろよ。お前だって疲れてんだろ」

「それは、いやなの」

「はぁ?」

返事の代わりに返ってきたのは新たに右手に込められた儚げな力だけで。

そうされて初めて気づいた。あぁそうかと。眠る時間も惜しいと思ってくれているのか、彼女も。
馬鹿馬鹿しい妄想だと、自意識過剰だと笑われても構わない。それでも込められた力には偽りなどないはずなのだから。

やがて落ちかけた沈黙を打ち破るようにエレンは彼女に気取られないように口元を緩めて、彼女の頭上へと声を投げた。

「寝ろって。オレはここにいるんだからさ」

一瞬彼女の体が小さく震えたように感じたが、それはすぐにくすくすと笑う小刻みな震えによって打ち消されることとなる。

溶けて消えてしまいそうな微笑は確かにエレンの内側へと入り込んでくる。

「なら、起きて一緒にいるよ」

「そんな頑固だったか、お前」

「エレン限定だよ、頑固なのは」

それは甘えと言うのではないだろうか。
そんな思いは声にならなくて。

代わりにエレンは幸福な色を塗り込めたため息を一つ吐き出して

彼女の手を握る手に力を込めた。

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