蜂蜜色の夕陽に溺れる
立体機動の訓練を終えて訓練生達が束の間の休息を満喫している時、ナマエはただ一人、まるでスイッチをオフにされたかのように丸太に腰掛けて無気力に虚空を眺めていた。

「ナマエ、大丈夫?」

声をかけられてハッと我に返る。いつの間にか放心状態になっていたようだ。

目の前にはベルトルト。彼は心配そうにこちらを見下ろしている。

「あ…ごめん、大丈夫。疲れただけ」

自分には体力がないからすぐに息切れするし筋肉痛になるしで毎回大変だ。

兵士になったことでさえも思えばおかしな話。ただ世間からの目を気にして入隊しただけだったのだからそんなもの我慢して普通に働いていた方がよかったのかもしれない。

今日は特に疲れた、と苦笑を投げれば、ベルトルトも困ったように笑う。

「お疲れ。ムリはしすぎなくていいって言ってるのに…」

「少しくらいのムリは許してよねー」

世間体の為とはいえ一度決めたこと。自分には向いていないからと、簡単に投げ出したくはない。

そんなナマエの想いはベルトルトも理解しているのか、短く「うん」とだけ返す。

「でもベルトルトはすごいよね。全然余裕って感じ。その調子なら憲兵になれるんじゃないかな」

自分は一緒に憲兵になることはできないけれど。

当然だ。こんな身体能力の低い者が十番以内に入れるわけがない。
そのこと自体は別に悔しくはない。わかりきっていたことだから。ただ、ベルトルトとずっと共にいることができないということだけは少し悲しいかもしれない。

やがて顔を俯かせて見るからに沈んだ風なオーラを出せば焦ったような言葉になっていない彼の声が頭上に降り注ぐ。

それにナマエは我慢しきれずに疲れているのも忘れて笑い出した。

「ふ…あははっ!やだなぁベルトルト焦りすぎ!」

「…ナマエ、ひどいな。そうやってからかうのはやめてくれよ。そのことについては弱いんだからさ」

憲兵にならなくてはならない。誰に強制されたわけではないけれど、憲兵になりたいのだ、自分は。

巨人の恐怖から少しでも遠ざかるためにはそれが一番最良だと信じている。

だがここでナマエに出会って、その真っ直ぐな性格に惹かれた。そしてお互いの気持ちが通じ合って、共に頑張っていこうと約束もした。

それでも、あまり言いたくはないがナマエの身体能力は平均より下。どう頑張っても彼女は特権で憲兵になることはできないだろう。

二度と会えなくなるわけではないのだし、深刻に考えすぎる必要もないのだろうけれど、今の自分にとってはそのことが心にわだかまりを残していた。

だがナマエはそんなベルトルトの心情などお構いなしに快活な笑みを浮かべる。

「ごめんって!でもあんまり心配しなくたって大丈夫だよ」

「え、何で?」

彼女があまりにも綺麗に笑うから逆に不安になる。
ナマエは自分との約束など本当はどうでもいいのだろうか。

「時間がかかったってさ、私はいつか絶対憲兵になってあなたの所に行くから。根性だけが私の取り柄だからね!」

駐屯兵になったからといって憲兵になる道がなくなるわけではないのだ。努力次第でどうとでもなる。

少し時間はかかるかもしれないが、そうすることで約束を破らないですむ。

だから今の自分を嘆いている暇などないに等しいのだ。

それでも憲兵になるにはきっと並々ならぬ努力が必要となる。今からそんな気合いを入れて挑もうとしているナマエに、思わずベルトルトは言葉を失った。

「すごいな…ナマエは」

「全部ベルトルトのせいだよ。私をすごくさせるのは」

いたずらっぽく笑う彼女に、自然と彼の心臓が跳ねる。そして同時に自分は改めて彼女の笑顔が好きなのだと実感させられる。

きっとどれだけ待つことになろうとも、自分はナマエだけを待ち続けるだろうと、曖昧だけれどはっきりとした確信を胸の内に抱かせてしまうほど。

やがて楽しそうに笑っているナマエの姿が、薄く色づいているように見えて後ろを振り向けば、辺りはすっかり夕の色にとけ込んでいて他の訓練生達が戻る準備を始めていた。

「ナマエ、僕らもそろそろ動こう」

「えー、まだ体痛いのに…それと久しぶりに夕陽綺麗なんだからもう少しだけ」

「駄目だよ、教官に叱られる前に早く。それに夕陽なんていつも通りだろ?」

「そう?なんか今日は綺麗だよ。蜂蜜ポットの中にいるみたいでさ」

ナマエの言うことは時々よくわからない。まるで彼女だけ自分達とは違う風景を見ているようで。

彼女ともっと多くの時間を共有して、触れ合えば、自分も見えるようになるのだろうか。
ナマエが見ているような不可思議で、だけれどとても興味をそそられる風景を。

そんなことを思いながらも、渋るナマエに手を差し出す。そうしてやれば、彼女も不満そうに小さなため息をついてはいたが、手をしっかりと握り返した。

次の瞬間には、ナマエの小さな体は急な引力によってベルトルトの体に収まった。

「ちょっ…びっくりしたぁ…!いきなりどうしたの?」

多分ほんの悪戯心のつもりだったんだと思う。

だが彼女をこうして抱きしめると、何となく我慢できなくなって一層力強く閉じ込めていってしまっている自分がいて、少し苦笑してしまう。

「エレンとかミカサとかすっごいこっち見てるんだけど!ねぇ、恥ずかしいよベルトルト」

だがベルトルトは抱きしめる力を緩めてはくれない。羞恥が体をどんどんと支配していって、最後はもう顔を真っ赤に染め上げる始末。

やっとベルトルトが口を開く頃には、周囲の視線は全てが二人に注がれていた。

「僕も疲れてたみたい」

「は?さっきまで平気そうだったはずじゃ…」

「疲れてたからさ、もう少しだけこのままでいい?」

思わぬ彼からの言葉に面食らってしまう。

周りの視線はとんでもなく痛いけれど、どうせ自分達の関係なんてとっくに知られているのだし、こうなったらもうバカップル認定でも何でもされたって構わないのかもしれない。

「…まぁ、疲れてるんならしょうがない…かな」

「うん、ありがとう」

力強く、でもどこか繊細に彼女を抱きしめる。

柔らかなナマエの感触はとても心地よくて。

そうして仰いだ空の色は

いつもとどこか違っていた。


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