血液まで束縛
「私達の中から神様だって。笑っちゃう」

口で言うほどおかしくはなさそうにしながらナマエはビルの屋上の縁に腰掛けて足を宙に遊ばせている。

目の前には立方体。またあの中に入っていかなくてはならないのかと思うと、気楽に笑ってなどいられなかった。

「でも、どうせ行くんだろ?」

後ろからかけられた声に振り向くことはない。彼の言葉の通りだったから。

どれだけ理不尽な現実を突きつけられようと大抵のことはもう慣れた。
神様、上等じゃないか。ここまできたらどこまででも行ってやる。

「天谷はさぁ、神様になりたい?」

「そりゃな。何かワクワクしてこねぇ?」

「それね、天谷だけだと思うよー」

そう言ってやっと振り返る。風が二人の間を忙しなく通り過ぎていくがナマエは構わず自分と同じような漆黒の瞳を持つ彼を見つめた。

そうしていると、やっぱり自分は彼に惹かれているのだと実感できる。

好きだった。どこまでも深く暗いくせに底にはたぎるように熱い想いが秘められているから。

「…うん、決めた。私は全力出してあんたを神様にするよ」

ほんの少し前まで迷っていたがもう決めた。やっぱり自分はこの男の為に動く方が性に合っている。

ナマエの言葉が意外だったのか、天谷は訝しげな表情を作った。

「なんだよ、初めからその気だったんじゃねぇのか」

ゆらりと一瞬蠢く殺意。
今までナマエは己の為に生き、戦ってきたのだと信じて疑わなかった天谷にとって、彼女の言葉は小さな裏切りのようで何とも言えない感情が彼を支配していく。

だがそんな目に見えるほど濃い殺意を背に感じても、ナマエはほんの少しだけ口角を上げて困ったように笑っているだけだった。

「もちろんそうだよ。でも…あんたが神になった時、私は隣にいられないだろうから」

「何で」

天谷の疑問に、ナマエはゆっくりと目の前にそびえる立方体を指差す。

その行為が意味することはわからない。わからないけれど、立方体を見つめるナマエの瞳がどこか諦めを帯びているようで心がざわつく。

「神様はきっと一人。何人もいたらおかしいからね。私と天谷が二人最後に残ったとしても…結局は私も死ぬの」

考えてみれば単純なことだったのかもしれない。

チーム戦で勝ち抜いていったとしても、最後の最後で仲間同士殺し合わなくていい保証などどこにもない。

「天谷が神になる所を私は見られない、あんたが神になった世界で私は生きてはいられない。ずっとそのことばっかりさっきから考えてた」

そんなのは嫌だ。そんなのはつまらない。
自分の想いが彼の神の道への妨げになるとわかっていながら、そう思わずにはいられない。

どこまでも理不尽でしかないこの死のゲームの中では愛の力でなんとかなるという少女漫画のような展開は望むだけ無駄なのだから。

無感情に前方を見つめるナマエを静かに見下ろして、やがて天谷はナマエの艶めかしい黒髪にまるでお気に入りの玩具を扱うようにソッと触れた。

「なに、お前そんなくだらねぇことばっか考えてたのか?」

今まで冷静だったナマエも天谷の一言で目を見開いて彼を見上げる。

驚いて、そして今度は笑う。
彼にとっては己の迷いなどちっぽけな問題にしかなっていないのだとわかってしまったから。

「はは、そっか。くだらない、か。天谷は私だって簡単に殺せちゃうもんね」

「あ?何言ってんだお前」

「だってそうしなきゃ神様になれないもん。だったら私なんか簡単に捨てられちゃうような男だっての、忘れてたよ」

一気にまくし立てるように喋る続けるナマエを止める為か、天谷はくんと彼女の髪を引っ張る。

力加減なんてうまくできないからナマエからは「痛いよ」なんて抗議の声が返ってきたが、不機嫌な今の彼にはその声は届かなかった。

「俺がさぁ、簡単にお前を手放すわけねぇだろ」

確かに怒気を含んだ彼の力強い瞳。

だがそれは不思議と自分に向けられたものではなくて別のものに向けられているのだと理解できた。

「かみまろとか関係ねぇし。俺は俺のやりたいようにやって神になる」

「…そりゃとんだ自己中だね」

「それによ…」

そう言って屈み込んだかと思うと、彼はナマエの左手を取って、ジッと指を眺め始める。

意図がわからずに彼の名前を呼んでも反応はない。やっぱり自己中な男だと軽くため息をつこうとした時、ちくりとした痛みが全身に広がってきてナマエは顔をしかめた。

「俺が神になった時、お前がいないのはすっげぇムカつく」

「どんな神にだって嫁ぐらいいるだろ?」なんて言いながら細い薬指から流れる真紅を舐めとる天谷。

その姿がどうしようもなく妖艶に見えて、ナマエは思わず目を逸らした。

そんな彼女を面白そうに眺めながら、天谷はゆっくりと口を開く。

「なぁ、俺と結婚しろよ、ナマエ。そうすりゃお前は俺と一つになる。お前の人生、体、全てが俺のモノになる。俺は俺のモノには神にだって手を出させねぇ」

一瞬、彼が何を言っているのかわからなかった。

だってプロポーズの言葉を口にするにはあまりにも一方的で雰囲気もドラマなんかでよくある、あの特有の甘ったるいものではなかったのだから。

暫し呆然としていたが、やがて笑い出す。
そうだ。そうだった。天谷は普通の男ではないのだからプロポーズだって普通じゃないに決まっているではないか。

「本当に天谷らしくて笑えてくるなぁ。ね、返事の前に一つ聞いてもいい?」

返事がないのを無言の肯定と受け取って、ナマエは真っ直ぐに天谷を見る。

「あんたは私を、ちゃんと愛してくれますか?」

「当たり前だ」

いかれてるくせにこういう時はなんて真面目な表情を作るんだろう、彼は。

そんな姿を見せつけられて、断る女がどこにいるという。

「プロポーズ、お受けします。神になっても、私は天谷と生きてくよ」

満足そうに笑う天谷を、ナマエも嬉しそうに眺める。

薬指に付着した血液はまるで不格好な指輪のようで。

やがて、誓いの口付けと言わんばかりにキスを交わせば


それはやっぱり鉄の味がした。


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bkm
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