この世界はまるで鳥かごのようだと思う。
己の身の安全はこの壁三つで守られているのだからそう思うのは仕方のないこと。
そしてそんなかごの中からわざわざ出ていって壁の外の支配者に下剋上を果たそうとしているのが彼ら調査兵団の兵士。
兵士には基本的に休日というものは存在しない。あったとしても街まで出て行くというのはほとんどなく、部屋でゆっくりしているだとか一日寝て過ごすだとか、せいぜいその程度。
だからこそ、今ナマエの興奮は頂点まで達していた。
「リヴァイ!!早く早く!」
無邪気に駆け回りながら手招きする彼女。
リヴァイは尚も歩調を速めることはなく、冷ややかな瞳を彼女へと向けながらゆっくりと歩いていった。
今日二人はいつもの軍服に身を包んではいない。
女性らしくスカートを翻すナマエは普段より幾分かかわいらしく思えた。
「楽しみだね!お出かけなんてさ、いつぶりか私覚えてないよ」
「いちいち覚えておくことでもねぇだろ」
ぶっきらぼうにリヴァイがそう言っても、ナマエの機嫌が悪くなることはない。
相変わらず快活な笑顔を浮かべて自分よりほんの少しだけ背の高い彼を見つめる。
やがて「行くぞ」という声と共に二人は過ごし慣れた本部をあとにしたのだった。
「見て見て!この服かわいくない!?」
ウォール・シーナ内の商店街でナマエは足を止めた。
眼前には淡い色合いの綺麗なスカート。
普段私服を着ることなどほとんどないが、こうして見てみると純粋に欲しいと思う。
服はさすがに興味がないのか、リヴァイはただ目を輝かせる彼女を見つめるばかり。
「お前はこういうのが好きなのか?」
「んー…別にデザインとかにこだわりはないよ。ただこれならかわいいし、リヴァイともつりあって見えるかなって」
「…そうか」
それきり何も言わなくなったのは、照れているからなのだろうか。
表情に出なくとも何となくわかる。大体そういう時は何も言わなくなるから。
ナマエの面白がる視線に気づいてリヴァイは眉間に皺を寄せてまた歩き出してしまう。ナマエも苦笑しながら彼のあとを追いかけた。
それから艶のいい露店の果物や綺麗な装飾品、護身用の新しい武器等、色々な物を見て回る。
目に映る全てが最後に買い物に出た時と変わっていて、とても新鮮な気持ちだ。それは徐々にではあるが人類も着実に進化しているということで、嬉しくなってしまう。空の太陽もちょうど真上へと到達していて、彼女の晴れやかな気分を表しているようだった。
そこで、ふとナマエはリヴァイへと目をやる。
そういえば今日は自分の行きたい所ばかりにつき合わせている気がする。
「ねぇ、リヴァイ。今度はリヴァイが見たい物のとこに行くよ。何がいいの?」
力強くこちらを見る彼女とは対照的に、リヴァイの瞳は冷静だ。
彼は暫し何やら思案していたようだが、やがて薄く口を開く。
「別に見たいもんはねぇ」
「えー…せっかくの休日なのに…無欲だなぁ」
今日初めてのナマエの不満そうな顔。
別にそんな顔をさせたかったわけではなくて。少し言葉が足りなかったかもしれない。
「俺は、お前が行きてぇ所に行くだけで十分だ」
戦いとか仕事とか訓練とか、そういったしがらみから解放されて彼女の隣にいられること。自分にはそれだけで十分充実した休日になる。
純粋なナマエの笑顔が見られること以外に、望むことなどないのだから。
「はは…そういうの本当に反則」
照れくさそうに俯いた彼女が先ほどの仕返しを果たせたようで、それがまた心地いい。
そうしてナマエが照れ隠しにリヴァイに背を向けた時、目に映り込んだ代物に、急に彼女は走り出す。
何だと彼女の方を見れば、そこには時計屋。無数の懐中時計が時を忙しなく刻んでいた。
「わぁ…すごい綺麗だよこの懐中時計…!こういうのいいなぁ…」
ナマエが見ているのは複雑な装飾が施された物。あまり女性が目を光らせて欲しがるような物ではない。
だが彼女は大層気に入ったらしく、子供のように目を輝かせながらそれに見入っている。
「買うのか?」
そう声をかければ、小さく唸りながらも、力強くナマエは首を縦に振った。
「うん!多分買わないとずっと後悔しそうだから買うよ」
「すみません、これいくらですか?」と店主に値段を聞いてから、いそいそと金銭を取り出そうする。
久しぶりに街に出て初めて買う物が時計とは何とも色気がないが、ナマエらしいといったらそうなのかもしれない。
やがて軽くリヴァイは息をついて、手のひらでしっかりと金額を確認している最中のナマエをよそに、ためらいなく店主へと金をつきだした。
「リヴァイ!?何してんの!?」
「何って…てめぇがこれ欲しがってたんだろうが」
「そ…それはそうだけどそういうことを言ってるんじゃなくて…!!」
ナマエが戸惑っている間にも彼はさっさと会計を済ませて懐中時計を手にしている。
そしてそれを手渡されても戸惑いは広がるばかりだ。
「あ…あの…これ本当に貰っちゃっていいの?」
確かに欲しいと言ったのは自分だが、誰も買ってほしいとは言っていない。
それにリヴァイがこんなことをしてくれるとは思っていなかったので、そこも何となく驚きで。
「しつけぇな。いらねぇってんなら返してこい」
誰もそこまでも言っていない。何故そういう話になるのか。
リヴァイを見つめてもこれ以上は何を言っても無駄のように感じたので、ナマエは手中の時計に視線を移す。
買ってもらえたのは純粋に嬉しい。彼から贈り物など初めてだったから。
そう思うと自然と笑みがこぼれてきて、ナマエは顔を上げた。
そうすれば彼はもう既に歩きだしていて、少し早足で追いかける。
「リヴァイ、ありがとっ!!」
「…大したことはしてねぇ」
本当に彼は素直じゃない。こういう時くらい素直に感謝されてはくれないのか。
呆れにも似た穏やかな微笑を湛えてナマエはゆっくりと口を開く。
「ね、出かけるのも、やっぱり悪くないよね?」
「あぁ…」
だって
世界のことなんか忘れて
あなたと一緒にいられるのだから。