夏色小旅行
*長編の番外編なので名前変換は長編で使っている名前でどうぞ。

















「…で。やっぱり目的地はここなわけね」

木下商店。フミがやっているこの島で唯一の店だ。
ここに来れば大体のものは揃っている。

何故ここに彼女と二人で来ることになったのかというと、時は正午頃まで遡る。

こんなうだるような暑さが続く島の夏には生命線とも呼ぶべき扇風機、それが壊れたのだ。何度スイッチを押してもそれはカチッとあざ笑うかのような音だけをセミの声広がる空間に響かせるだけで。

もちろんその現実に絶望した。
そして傍にいたナマエがそういうのは馴れているから直しましょうかと言ってくれたのだがプライドばかりが前に出てきて拒否を続けていたら結局彼女の方が気分転換にと、外へ連れ出してくれたのだ。

全く持って泣けてくる。ナマエの優しさと己に不甲斐なさに。

「ここならアイスも色々種類ありますから」

「先生とお出かけなんて初めてですね」なんて言いながら嬉しそうに微笑むナマエ。

こんな近場でもお出かけはお出かけか、なんてぼんやり考えていると彼女は先に店内の物色を開始していた。

本当はただ単に彼女が外へ出かけたいから外出をしたのではないだろうかなんて一瞬思ったけれど、気を遣わせてしまったのは自分の方かとそんな考えを早々に打ち払う。

本当にいい子だ、彼女は。少し遠目からこんな風に見ていると普通の高校生と変わらないのに、内面はそこらの大人と遜色ない。

そうして暫く彼女を見つめていると、今まで会話には入ってこなかった店主がゆっくりと口を開くのが横目で確認できた。

「先生、ナマエはソーダアイスが好きぞ」

彼女の指差す先には様々なパッケージのアイスが涼やかに並んでいる。

そういえばナマエの好みというのはあまり知らないかもしれない。いつだって他人を優先して残り物をもらっていくような女なのだから知らないのは無理ないのかもしれないけれど。

それにしてもソーダというのは少し意外だったかもしれない。女子らしい女子を形にしたような彼女だ。勝手な想像に過ぎないがイチゴ味だとかチョコレートだとかを好むのかと思っていた。

こんな風に二人で出かけたりしなければそれを知るのはもっと先のことだと思うと得をした気分になる。

「先生は何にしますか?」

「ソーダアイスでいいよ、俺も。好きなんだろ?」

そう言うと彼女は少し困った風に「え」と言葉をもらす。
別段おかしなことを言ったつもりはなかったのだが。

それでもナマエにしてみれば、他人に合わせているのにそれが逆に自分に合わせられると落ち着かないようだった。

「本当にいいんですか?私に合わせることなんて…」

女子高校生に気を遣わせてあまつさえそんなことまで言われるとは。それは大人としてどうなのだろう。

何度「気にするな」と言っても、ソーダアイスを二つ取ってポケットから財布を出そうと中を弄っている間でも、ナマエは瞳に不安そうな色を塗り込めて「自分の分は自分で払いますから」なんて訴えかけてくる。

フミも何かフォローしてくれたらいいのにと思っても、目の前の穏やかな老人はただいつものように会計をしてくれるだけだった。

やがて会計を終えて、先生は手に持った二つのアイスの片方を黙らせるかのように彼女の額へと軽く押し当てる。

「ほら、いいから受け取れ!お前、そうやっていつも遠慮してたら疲れるだろ。少しは大人に甘えろ」

「あ…えっと、すいません、ありがとうございます」

恥ずかしそうに視線をさまよわせてアイスで目を隠そうとする彼女の姿が何だかおかしくて、思わず笑ってしまう。

自分は言うほど大人らしいところを彼女に見せられてはいないけれど、これで少しはナマエが無理せず自然体でいられるのならそれでいい。もっとも、皆の為に一歩後ろから見守る彼女も、本来の姿だというのはしかと理解してはいるのだけれど。

やがて二人は店を出て、セミの声が響きわたる賑やかな外へと出て行った。

「それじゃ、戻るか」

「はい。ふふ、先生とお出かけ、すごく楽しかったです」

屈託のない笑みを浮かべながらそう言葉を紡ぐナマエはひどく綺麗に思えて。

気づけば先生は何かを見据えるように空を眺めて口を開いていた。

「それじゃあ、また暇があれば二人でどっか行ってみるか」

近場だっていい。知り尽くした場所だって。ナマエの新たな一面をまた知ることができる場所ならどこだって。

言葉は驚くほどすんなりと口から滑り落ちていって言った直後はほんの少しヒロに申し訳ないと思ったが、それでも隣の柔和な笑みを浮かべる彼女を見ていればそんな罪悪感も吹き飛んでいく。

そうして同じように驚くほどすんなりと、ナマエの口からは返事が返ってきた。

「はい、ぜひ行きましょうね」

気が早いかもしれないが楽しみだ。きっとそれはナマエも同じことを思ってくれていることだろう。

そうして二人歩いていって、やがて家に辿り着いて扉の前に立てばフラッシュバックしてくるのは壊れた扇風機のこと。

あの時はくだらない意地が素直さを隠してしまっていたけれど、冷静になった今なら事の重大性がよく理解できる。

「なぁ、ナマエ」

「はい?」

「やっぱり扇風機、直してくれるか?」

暫く彼女は目を丸くしていたけれど、やがてふわりと笑む。

「ふふ、了解です」

言葉と笑顔を見て、気の抜けるような感覚が体を駆け巡る。

そしてもう暫くは甘えられるより彼女に甘えてしまうことの方が多いのではないかなんて、そんなことも同時に感じてしまった

これはそんな夏の日の出来事。


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