パラパラと雑誌を捲る音。穏やかな空間の中で聞こえるその音は不思議と無機質ではなく、静かに室内にいる二人の鼓膜を揺らした。
「なぁ、ナマエ」
椅子に座って雑誌を読んでいたルツが読み終わったのか、それを机へと置いて、同じく雑誌をベッドの上で読んでいるナマエへと言葉を紡ぐ。
「俺達って恋人同士だよな」
「うん」
今更何を言っているんだという意味も込められているであろうナマエからの返答に、ルツはうんうんと頷いた。
さほど深刻な話でもなさそうだと判断したのか、ナマエはルツの方に視線を寄越さずに相変わらず雑誌の中の俳優と見つめ合っている。
もちろんルツの方はこれだけで話を終えるつもりはない。問題はここからだ。
「じゃあさ、その恋人同士がせっかくお嬢からもらった休日をお互い読書で終わらせていいと思うか?」
やっと彼女から視線を向けられる。
どこにも出かけず、かといって部屋で何かをするでもなく。これではいつも通りの仕事がある日の休憩時間と変わらない。
彼女の方がどう思っているかはわからないが、自分はただ静かに読書に耽るというのは嫌だった。めんどくさい男だと思われてしまうかもしれないけれど、それでもナマエの気持ちや考え方を知る為にも聞いておかなければならない気がしたのだ。
少し緊張したけれど、彼女は至極当然のことを話すかのように真っ直ぐな瞳で口を開いた。
「多分それだけじゃダメなんだろうけど…でも、私はルツが一日中傍にいてくれるだけで嬉しいよ」
思わぬカウンターパンチをくらって一瞬目の前が真っ白になる。
ほんの少しばかり頬を赤らめて微笑むナマエの姿に心臓もうるさいくらいに高鳴っていく。
反則だ、そんな答えは。そんなことを言われたら大抵の男はもう何も言えなくなってしまうではないか。
ただでさえ自分はアールのように余裕を持って女性と接することが苦手だというのに。
「ま…まぁナマエがそう言うんだったら俺も全然いいんだけどさ!」
動揺を悟らせないように必死に押し殺そうとしている自分に苦笑してしまいそうだ。
いつかは彼女の言葉に動揺しなくなる日が来るだろうか。いや、そんなものはきっと来ない。いつだってナマエは自分をかき乱す存在なのだから。
やがてルツはゆっくとナマエに近づいていき、彼女の横に座って雑誌を覗き込む。
二人分の体重を受けたベッドは一際大きく軋んで、シーツもより深い皺を作られた。
開かれていたページはちょうど映画の宣伝ページ。主演俳優は確かナマエの好きな俳優だったはずだ。以前彼が出演していたドラマの話をナマエが嬉嬉として語っていたことがあったからよく覚えている。
「ナマエは本当に好きだよな、この俳優」
「演技が好きなんだ、優しい感じがして。でも…」
「うん?」
「私はルツの方がもっともっと好きだからね」
再び真っ白になる視界。今度は先ほどよりも強い衝撃がルツを襲った。
一体彼女はどれだけ自分の心を揺り動かせば気が済むのだろう。さらりとそういったことを言えてしまう辺りがまた憎らしい。
恐らくこういう関係を世間ではバカップルというのだろうが。
そうだとするならばもうバカップルのままでもいいかもしれない。他人の様を見ていると少なからず呆れを覚えるがいざ自分が同じ立場になってみると存外悪くないものだ。
ソッとナマエの頬を指で触れれば、彼女はくすぐったそうにしていたけれど、拒絶することなく彼の肩へと身を預けた。
「お休みの日はやっぱりいいね。ルツとこうしてられるから…お出かけもいいけど、私はこっちのが好きだな」
あぁなるほど。今なら自分も理解できる。
確かに彼女と出かけて買い物や散歩をするのもいいがこちらの方がずっと心地いい。仕事の疲れも簡単に体から抜け落ちていく。
お互いの距離が限りなくゼロに近づいて、お互いの想いを共有して目を閉じる。隣に感じられる存在の大きさを改めて実感しながら。
「確かに。正解だよ、ナマエ。こんな休日の過ごし方はさ」
「何が正解かなんて、わかんないのにね」
そう、何が正解で何が間違っているかなんて、そんなのは誰にもわからない。
自分達だけの尺度で決めてしまうなど愚かしいにもほどがある。
だから今こうしていることは二人だけの、ナマエとルツ専用の休日の過ごし方にしてしまえばいい。
こうしていることが楽しいのではない、ただ幸せなのだから。
そして部屋に広がりつつあった沈黙を破るように、ルツは優しくナマエの肩を掴んでそのままベッドへと彼女の体を沈めた。
彼女の瞳は僅かに揺れていたけれど、さほど驚いている風ではない。散らばる髪の毛がひどく妖艶に思えて、気づけば小さく笑っていた。
「ルツ…?」
「せっかくの休日なんだからさ、もうちょっとだけ…」
手を握って指を絡ませる。白く細い指は本当に陶器なんじゃないかと思うくらい繊細で、握る力も自然と弱まる。
もう片方の手を顔へと持っていって指の腹で唇を撫でながら、ゆっくりと言葉を紡いでいった。
「楽しいことしねぇ?」
「んー…じゃあ、お手柔らかにね」
そう言って笑うナマエ。
そんな彼女に短く笑いかけたのが
本当の休日を告げる合図となっていた。