ぼすんと仰向けにベッドへと沈む。我ながら情けない。ルツ相手に毎回毎回あれだけムキになるなどらしくなかった。
けれどどうしようもないのだ。ナマエのことになるとどうしてもそうなってしまう自分が存在して。アールは軽く苦笑しながら、無機質な天井を眺めた。
女の子の扱いはわかりきっているはずだった。けれど今回ばかりは違う。
彼女は今までのどんな女よりも魅力的で、自分でも笑ってしまうくらいに惹かれてしまっていた。だから、慎重にこの恋路を進めていきたいのに。ルツも自分と同じ感情を抱いているのだと感じれば感じるほど、焦りが生まれてしまう。
女に骨抜きにされるとはこういうことなのかもしれないと、アールが本日二度目の苦笑をもらした時、コンコンと控えめなノック音が静かな室内に響き渡った。
「どうぞ」と声をかければ、音の主はやはり控えめに扉を開けて部屋に入ってくる。
「アール、ちょっといい?」
つい先ほどまで共にいたナマエ。共にいたとは言ってもほとんどほったらかしにしてルツと口げんかをしていただけなのだが。
しかも今回ばかりは我慢ならなくなったのか、彼女を怒らせてしまった。あんな怒りに震えるナマエの瞳は見たことがない。もう一生あれは見たくなかった。今のアールには彼女への申し訳なさだけが心の中を満たしている。
ちょうどいい機会だ。彼女に謝ってしまおうとアールは彼女が何か言う前にゆっくりと口を開く。
「ナマエ、さっきは本当に悪かった。さっきだけじゃなくて今までの分も謝るよ」
ナマエは面食らったように彼を見つめている。
彼女のことだ。先ほど自分が言い過ぎたと思って、逆に謝りに来たのだろう。だがその必要はないとでも言いたげに先に謝罪をするアール。
ナマエがそんなことで胸を痛める必要などないのだ。ルツも自分も、ただ彼女への想いが強すぎてぶつかり合ってしまうだけ。それで彼女に謝られてしまったら何となくいたたまれない。
軽く手招きをして、自分の隣に座るように促せば、彼女はそろそろとベッドに腰掛ける。そして俯いてしまっているその顔を、アールをゆっくりと覗き込んだ。
「まだ怒ってるのか?」
わざとそうやって聞いてみる。本当は彼女が怒ってなどないことくらいわかっている。けれど、ナマエの瞳が何かを言いたそうに小さく揺れていたのでそう声をかけたのだ。
「別に私は怒ってるとかじゃなくて…」
「うん?」
アールは静かにナマエの言葉を待つ。
何を言われるのか、怖くないといったら嘘になる。もしかしたら今ここで、実は自分はルツのことが好きだからもう邪魔はしないでほしいと言われるのかもしれない。けれど、懸命に絞りだそうとするナマエの、その言葉を何を言われてもいいから、ただ単純に聞いてみたいと思った。
「私さ…アールもルツも好きって言ってくれて…すごく嬉しいの」
ぽつりぽつりと、時折言葉を詰まらせながら、それでも彼女は紡いでいく。その中でアールはもう後戻りができないような、そんな気がしていた。
「でもそれがどこまで本気なのかがわからない…私が真剣にその言葉に耳を傾けていいのかがわからないんだ」
いつもいつも、自分は二人にとってのケンカ材料でしかないのではないか。そう思わずにはいられない。それは至極当然の悩みだった。
ナマエの言葉に、一瞬アールは言葉を失ってしまう。彼女をケンカの材料にして悩みを生ませてしまったという罪悪感よりも、今は気になることがあったから。
“真剣に耳を傾ける”その言葉の真意。簡単に聞き流すことなどできなかった。もし、もし今自分が彼女のこの言葉に真剣に返事をしたならば、少しは期待をしてもいいということなのだろうか。
アールは真っ直ぐに彼女の瞳を見つめる。今の彼の瞳には想いの全てが込められているといっても過言ではなかった。
「俺が真剣にお前が…ナマエが好きだと言ったら、ナマエはどうするんだ?」
「そうしたら私は、アールの気持ちに…応えたい」
瞬間、ぎしりとスプリングが鳴った。そしてナマエの唇に重ねられる何か。それは限りなく温かくて、ナマエをどこまでも優しい気持ちにさせた。同時に重ねられた手もやはり温かくて、いつまでもこのままでいたいなんて思わされてしまう。
小さく音を立てて離れるそれを、彼女は暫くボーっと見つめた。名残惜しいような、そんな感覚すら覚える。
「好きだ、ナマエ」
痛いほどの真っ直ぐな想い。それは自分が欲しかった、知りたかったもので。思わず涙が溢れ出てしまいそうになる。
「うん、私も…私もよ」
やがて、ナマエは静かに目を閉じる。
再度やってくる感覚に全てが溶かされてしまいそうだった。
もしかしたら自分の心臓の音がアールに聞こえてしまうかもしれない。
もちろん今のナマエには
そんなことを気にしている余裕などなかったのだけれど。