世界より愛する君だから
「ハンジさんハンジさん、、最近ウチのエレン君がかわいすぎるんですがどうしましょう?」

「え、それは堂々とした浮気宣言だと受け取ればいいの?」

巨人もうだってしまうのではないかと思うような真夏。
調査兵団リヴァイ班のナマエは一瞬暑さを忘れるほどの発言をたった今さらりとハンジに対して言ってのけた。

彼女のゴーグルの奥の瞳は訝しげにナマエを見つめている。理由は単純。ナマエにはれっきとした恋人が存在しているはずだ。しかも浮気などしようものなら何が起こるかわからない怖い恋人が。まぁハンジとしてはそれはそれで面白いので別にいいのだが。

「そんなことリヴァイに聞かれたらどうなるか知らないよ。せめて彼に言ってあげたらどうだい?」

半分上っ面だけの心配の言葉を受けても、ナマエはまるで意に介さずに相変わらず机に頬杖をつきながら口を開いた。

「いやいや、兵長にかわいいって言ってどうするんですか。逆に怒らせるだけでしょう!」

「かわいい要素もありませんよあの人には」と最後に付け加えて、ナマエは暑さから逃れるように机に突っ伏す。

彼女の機嫌を見る限り、別にリヴァイとケンカしたわけではなさそうだ。というかそもそも、彼女は誰彼見境なしに“かっこいい”だの“かわいい”だの言うので、もう慣れてしまったが。
それに勘違いして寄ってきてしまう男がいるのもまた事実なので、そこはリヴァイに同情してしまう。

「それで?わざわざリヴァイ班から抜け出して私の所に来たのはエレンのことだけを言いたかっただけじゃないんだろう?」

ケンカをしたわけではないのなら、理由は大体くだらないもの。ケンカをしていてもくだらないものが多いのだけれど。

ナマエは重たい頭を気だるげに上げて、ハンジを見据える。その眉間には皺がうっすらと刻まれていた。

「いやね、あれですよ!兵長のスカーフ!今夏ですよ?真夏なんですよ!?見てるだけで暑苦しくて…ガマンできずにこうしてハンジ分隊長という歩く避暑地のとこに来たってわけです」

「ははは、私が避暑地?いいね、それ採用!」

もちろんハンジに気温を下げる効果はない。恐らくリヴァイや他の皆と集まっているよりは数倍マシだという意味だろう。

「あ、でもさ、エルヴィンの方が避暑できそうじゃないかな?」

「確かに!いつ見ても涼やかですもんね団長は!汗一つかかないし、凛としててかっこいいですし…!!」

そう言うナマエの瞳は先ほどと打って変わって輝いている。ハンジの方はまた始まったと言わんばかりに小さくため息をついた。すらすらと他人の良いところが出てくるのは賞賛に値するが恋人以外の男を誉めるというのはどうなのだろうか。

そして、こうなったらなかなか止まらない。ナマエは輝かしい瞳のまま言葉を紡いだ。

「団長はかっこいいですけど、やっぱりかわいいって言ったらエレン君ですよね!さっきオルオに脅迫まがいのことされておたおたしてたエレン君なんてもう…!!調査兵団は素敵な人が多くて困っちゃいますよ。もちろんハンジ分隊長も」

そう言ってくれるのは嬉しいが、やはりそういった発言は誤解を招く気がしてならない。リヴァイからいつか敵視されるのではないか。同性なのに。

そしてこんなにも熱くなる彼女を見ていると、巨人話に熱中している際の自分を見ているようで、何となくこれから巨人話をする時は注意しようと思ってしまった。

そう思うのと同時に、ふと疑問が浮かんで、ハンジは首を傾げながらナマエに問いかける。

「じゃあさ、かっこいいのがエルヴィンで、かわいいのがエレンなら、リヴァイは一体何なの?」

まるでスイッチが入ったみたいな音が部屋に響いた、ような気がした。
リヴァイの話題を出すのとほぼ同時に、ナマエの顔が一層楽しそうにパッと輝く。

「兵長は断然かっこいいです!団長のかっこいいとかとはちょっと違くて…それにあれで結構優しいし強いし!一緒にいると安心するし、あ、もちろんドキドキもしますけど!それからそれから…」

何かとんでもない地雷を踏んでしまったような気がする。彼女がリヴァイ大好きなのは知っていたがまさかここまでとは。本当に嬉しそうだ。これならリヴァイが心配することは何もないだろう。

実はここ最近に何度か目にしていた光景があったのだ。
ナマエが色んな者のことを誉めまくっていたり、男性隊士と楽しそうに話していると、いつもの険しい表情がいっそう険しくなる様を。

これは彼女が帰ったら彼に伝えてやらねばなるまい。ハンジがそう思ったその時、部屋の扉が豪快に響く音。

椅子に座っていたナマエはその音に弾かれたように勢いよく立ち上がった。感じるうっすらとした怒気。暑さとは違う意味で背に汗が伝う。

「おい、ナマエ」

「あ…兵長…こんにち…は」

眉間に皺を寄せて立っている今の今まで話題の中心だったリヴァイその人。
明確な理由は聞いていなかったが、大方ナマエは掃除をサボってここに来たのだろう。

ハンジはこみ上げる笑いを必死に抑えながら二人の様子を見守る。

「サボるとはいい度胸だなてめぇ…」

「いっ…いやあのっ、違うんです!サボったというか休憩ですよ休憩!!」

「無断で休憩してわざわざ本部まで戻る馬鹿がいるわけねぇだろ」

ナマエの苦し紛れの言い訳を見事に一蹴して、リヴァイはオロオロとする彼女に大股で近づいていった。

「しかも黙って聞いてりゃエルヴィンがかっこいいだのエレンがかわいいだの…」

聞かれていたのかとナマエは一層慌てる。扉の向こうで立ち聞きしていたのか彼は。心なしか声のトーンが低くなった気がする。まさかサボったことよりそっちの方がお怒りなのだろうか。

だとすると納得いかないことが一つある。エルヴィン等を賞賛した後、確かに自分はリヴァイのことも語ったはずだ。

「そりゃあ団長とエレン君のことも話しましたけど!その後に兵長の話もしましたよね!?聞いてたはずでしょう!」

「知らねぇ」

本当にそんなことは知らないと言わんばかりにしれっと言うリヴァイ。
「何ですかそれ」とナマエが講義の声を上げようとするよりも早く、リヴァイは彼女の腕を強く引っ張った。

引っ張られるままにナマエの体は前へと傾き、見事に彼の胸へとダイブしてしまう。

「ちょっ…兵長…!?」

「お前は俺だけ見てればいいんだよ」

グッとリヴァイの顔が接近し、最後にナマエの耳元で彼は低い声で囁いた。

「分かったな?」

羞恥で顔を真っ赤に染めながら口をパクパクさせるナマエ。やがて、また彼が何か言おうとする前にこれでもかと言うほどに首を縦に降る。

「行くぞ」

当のリヴァイは言うだけ言うとすぐに体を元に戻して足早に部屋を出て行ってしまった。ナマエも未だに頬を朱に染めたままニヤニヤ笑っているハンジに軽く頭を下げて後を追っていく。

残されたハンジは見せつけられた光景に笑いながらも呆れにも似たため息を一つこぼす。

「やれやれ、素直に嫉妬したって言えばいいのに…」



素直でない彼と、素直な彼女。

正反対なのにお互いは強く惹かれ合う。

ひょっとしたらそれは


“正反対だから”なのかもしれないけれど。


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