はたから見ればそれは少し鬱陶しいくらいの愛情なのだろう。毎日毎日飽きもせず共にいて、溢れる感情を伝えてくれる彼は。
けれど、ナマエがそれを鬱陶しいと思ったことはない。真正面から愛情を受け止めて、嬉しそうにしているのだから。
お互いがお互いを痛いくらいに愛し、愛される関係というのは何て微笑ましく、理想的な関係なのだろう。
「ナマエ、おいで」
ソファーに深く腰掛けたキャスパーが優しい声音でナマエの名を呼ぶ。その声だけで彼女の心は溶かされていくようだった。
すっぽり彼の体に収まるその小さな体。このまま強く抱きしめたら壊れてしまうんじゃないかと思ってしまうほど。だけれど、どうしても彼女に触れるのは止められない。この手で、ナマエという存在を強く実感していたいのだ。
「今日もお仕事、お疲れ様でした」
彼女がかけてくれる労いの言葉は、キャスパーにとってはどんな言葉よりも重みがある。
不意に外へと視線を巡らせば、窓からは綺麗な星と月がその体を輝かせている。日本では月の中には餅をつくウサギがいるなんていう話があるが果たしてそれは真実なのだろうか。ナマエにこの話をしたならば、確かめに行くと言いかねない。そんな姿を見てみたい気もするけれど。
「仕事終わりに君とこうしていられるから、僕は全然疲れてないよ」
ソッと耳に口を寄せて、囁く。ふわり香る彼女の香りが心地よくて、ずっとこうしていたいなんて思わされてしまう。
「私も、キャスパーさんとずっと一緒にいられるから、お仕事辛くありません」
きっとそう言った彼女の顔は大層美しかったことだろう。後ろから抱きしめていたために、それを見ることはできなかったが。
そうして耳に軽くキスをすれば、小さく彼女の体が揺れる。その仕草に、彼は単純に愛おしいと、そう思った。
自分という存在をどこまでもねじ曲げられてしまっているような。それはもちろんいい意味で。ナマエと共にいることで、全く別の自分が作り上げられていく。先日ココに久しぶりに会った時も「何となく兄さんが変わった気がする」なんて言われてしまった。
そんな自分自身に微苦笑を浮かべながらも、キャスパーはゆっくりと、噛み締めるように言葉を紡ぐ。
「好きだよ、ナマエ」
「…はい」
恥ずかしそうにしながらも、ナマエはしっかりとキャスパーの言葉に応える。
こんな時、いつも思うことがある。
今世界の中には自分と彼女しかいないのではないかという滑稽で不思議な錯覚。幾ら耳を塞ごうとも、うるさく響き渡る銃の音は聞こえてはこない。代わりに静かな空間でしっとりと聞こえるお互いの呼吸の音が、その感覚を更に強めていた。
もしかしたら、ナマエも同じようなことを考えていたのかもしれない。事実、今の彼女は、自身をキャスパーに委ねながら、生命力に溢れた瞳で窓の外の世界に目をやっていた。
「ナマエ、こっちを向いてくれるかい?」
彼の言葉に、ナマエは不思議そうに顔を彼の方へと向ける。
やがてその小さな唇に自身のそれを重ねれば、彼女は一瞬驚いていたけれど、ゆっくりと目を閉じてそれを受け入れた。
何とも甘ったるいキスだ。柔らかなその感触にいつまでも浸っていたくなる。今この瞬間に世界が終わってしまったとしても何の後悔もないと思わせるくらいに。
全く持って呆れてしまう。どれだけ自分は彼女に狂わされれば気が済むのだろう。ナマエをこの腕に抱くと、どんな願いだって叶えてやりたくなる、甘やかしてしまいたくなるのだ。
そして、名残惜しさを感じながらも、音を立てて二人は離れる。誰もいない静かな空間に響くそれは、妖艶な響きを持って部屋に広がった。
「キャスパーさん、私今幸せすぎてどうしようって思っちゃってます」
照れ隠しのつもりで言ったナマエの一言に、思わずキャスパーは笑ってしまった。
「幸せに限りはない。その程度で困ってたらこの先保たないよ」
「そうでしょうか?」
「そうさ」
幸せに限りはない。本当にその通りだと思う。彼女に出会い、ずっと共にいてくれるという存在になった時にも、彼はこれ以上ないのではないかという幸福感を味わった。だがその上なんて幾らでもあったのだ。
ナマエもそれは頭ではわかっているのか。今までの記憶を手繰り寄せて、納得したように微笑んだ。
「キャスパーさんは今、どれくらい幸せですか?」
どれくらい幸せか。それを言葉にして表すことができたのならばどんなによかっただろう。恐らく理屈で説明できるようなものではないのだ。
「さぁ…どれくらいかな。だけど、幸せだって言うことに変わりはないよ」
ほんの少しだけナマエはキャスパーの答えに頬を膨らませていたけれど、やがていつも通りの柔和な笑みを浮かべながら、口を開く。
「じゃあこれからも私、キャスパーさんを幸せにできるように頑張りますね」
「それは楽しみだ。なら僕も、君をいつまでも幸せにすると誓うよ」
そうしてもう一度キスを落とせば、やっぱり甘ったるい感情が体中を支配して。きっとそれは彼女の方も同じだろう。
体を離して見つめ合えば、ついついお互いにふきだしてしまう。そんな二人の小さな笑い声は、夜の闇の中に静かに溶けていく。
きっと世界中のどんなラブラブなカップルでも、そう易々と彼らの愛情には及ばないだろう。
彼らが感じている愛情は決して並大抵のものではないのだから。
そうして、二人は
今日も愛し愛されここにいる。