「アール!ほらほら、次のお店行くよー!!」
「ちょっ…待てって!!」
必死に彼女の背を追いかける、そんな真夏のある日のこと。
アールは額に汗をかきながら、人と人の間を綺麗にすり抜けていくナマエを追いかけていた。今日はお互いに非番だった為、久々に買い物でもしようかということになったのだが、ナマエの溌剌さといったらすごいものだった。
今まで買い物に行きたくても仕事やら何やらで行けなかった分が爆発してしまったような。
「ナマエ、そんなに慌てなくても一日は長いんだぞ」
少しばかり息を切らせながらアールがやっと人の波を抜けて顔を上げる。そこには広場があった。広い場所に出たことで人の数も減ったように見えたのだろうか。
だが辺りを見回してもそこに彼女の姿はなかった。こんな広場でナマエを見失うわけにはいかない。そう思ってアールが一歩踏み出しかけた時、それは横からヒョイと現れた人影によって中断される。
「はい、ちょっと休憩しよ?」
満面の笑みで目の前のナマエが差し出したものは純白のソフトクリーム。それは暑さに耐えきれずにその身を今にも液体へと変化させてしまいそうだった。
ニコニコとする彼女にアールは何も言えなくなってしまう。この笑顔一つで勝手に一人で行動していたことに対する憤りなど簡単に吹き飛んでしまった。
軽く笑いかけてソフトクリームを受け取れば、彼女はやっぱり嬉しそうにしている。
「じゃあ、あそこのベンチに座って食うか」
「うんっ」
こうして見ていると本当に無邪気な子供のようだ。彼女が小柄なせいもあって、余計にそう感じてしまう。
ちょこんとベンチに腰掛けるその姿はとてもかわいらしく、ナマエはごく自然にしているのだろうが、そういった些細な仕草も、アールの心を揺さぶるのだ。
「今日は連れ回しちゃって本当にごめんねー。このアイスがお詫びだと思って!」
「はは、安すぎやしないか?」
頬をほんの少し膨らませながらソフトクリームを食べるナマエ。
子供っぽいとは言っても、ソフトクリームを舐める時に覗く真っ赤な舌はひどく妖艶に見える。彼女の食べるストロベリー味のアイスのピンクが真っ赤なそれと重なって、彼の心をほんの少し高ぶらせた。
ジッとそれを眺めていれば、ナマエの上目遣いでの視線がアールを射抜く。アールはそんな彼女に微笑みを返したが、内心はそんな余裕なかったといっても過言ではない。
彼女自身きっと自覚などしていないのだろう。彼女の仕草がどれだけ他人の、いや、男の心を揺さぶるのかということを。これだから自分がいても寄ってくる男が後を絶たないのだ。こちらの気持ちも知らないで、とついつい皮肉を言いたくもなってしまう。
「さっきからどうしたの?ジッとこっち見て…あ!ストロベリー味も食べてみたかったのか!」
「はい」と元気よくアイスを差し出してくるナマエ。これはもはや天然とか警戒心とかいう次元の話ではなくなってくる気がする。
ナマエが口を付けたというだけで何を思春期の少年みたく焦っているのかと自分にツッコミを入れたくなる気持ちを抑えて、アールは「ありがとよ」と言ってそれを口に運んだ。口に広がる味は確かに甘酸っぱいストロベリー味だったが、不思議とそれ以上の明確な感想など浮かんでこなかった。
「うん、美味いな」
本当は味なんかよくわかっていなかったのだけれど。ただ、そう口に出すことで、訪れかかっていた沈黙を振り払いたかった。きっと会話が途切れれば、また自分は彼女を見つめ続けてしまいそうだったから。
「ふふ、午後からまた歩き回らせちゃうから今の内に美味しい物で体力回復してもらわないとねー」
花の咲くような笑顔で彼女はとんでもないことを言ってくれるものだ。午前だけでも、服に時計、ぬいぐるみやアンティークなど、色んな店を渡りに渡ったというのに。
つくづく彼女は人を振り回す天才だと思う。それは肉体的にも、そして精神的にも。それでもまぁいいかなんて思ってしまうのは、やはり彼女の朗らかな性格に溶かされてしまっているからなのだろう。何より、そんなナマエを好きになってしまったからなのだろう。
「やっぱりオフの日くらい好きな人と一緒にいたいもんね」
反則だ。今の言葉は特に。好きだとか、愛してるだとか、アールも常に言っていることだが、彼女のそれは破壊力が高すぎる。天然故の才能だと言って片付けてしまうのは何となくもったいない気がした。
しかも、そういった言葉を本当に自分だけに向けてくれるから、それがまたいい意味で心臓に悪いのだ。恋人と友人の間に明確な線引きをした上で、ナマエは限りなく透明に近い純粋な想いをぶつけてくれる。
そうされると愛されているのだと痛感させられると同時に、胸の高鳴りをどうしても抑えられなくなってしまうのだ。
それでも、いつまでもされっぱなしではいられない。こちらも男としての意地というものがある。
「心配しなくても、今日一日はずっとナマエと一緒にいるさ。離れてなんかやらねぇよ」
そう言うと、ナマエの表情は一層嬉しそうに輝く。
アールはいたずらっぽく笑って、そんな彼女の瞳を覗き込んで顔を近づけた。
「ストロベリー味もいいけどさ、バニラも結構イケるぜ。食ってみる?」
ナマエは頬をうっすらと朱に染め上げながらパチパチとまばたきを繰り返していたが、アールの言葉に全力で首を縦に振った。
「うん!くれるなら食べたい」
正直というのも困りものだ。苦笑しながらも、アールはしみじみとそう感じる。やがて小さく「わかったよ」と呟いて、彼は自分のバニラアイスを一口含んだ。
そして彼女の顎を指で持ち上げる。
そのまま深く口づけてやれば目の前に広がるのはナマエの瞳は恥ずかしそうに潤んだ。その瞳に思わず視線を逸らしてしまう。
もしかしたら彼女に振り回される生活は
もう暫く終わりを迎えることは
ないのかもしれない。