心を撃ち抜く音を聞け
*長編の番外編なので名前変換は長編で使っている名前でどうぞ












響き渡る重みのある銃声音。いつも触れている銃も、少し耳を澄まして真剣に聞いてみれば、一つ一つ違う音を紡ぎだしていて、それがとてつもなく心地いい。

どの銃が一番綺麗な音を出すのかとか、これが人を貫いた時にはもっと重苦しいものに変化するのだろうかとか、考えていたらキリがない。実戦ではそんなことを考えている暇などあるわけはないので、この訓練の時間はナマエにとって何よりも貴重な時間だった。

「すげぇなナマエ。さっきから真ん中撃ち抜いてばっかじゃん。これがオリンピックなら優勝だぜ」

ぴくりと一瞬体を震わせて、ナマエはゆっくりと後ろを振り返る。今の今まで沈んでいた思考の渦から呼び戻される感覚を少し名残惜しいなんて思いながら。

そして思わず苦笑してしまう。オリンピックと自分達が仕事の内としているこの行為は、本当はそんなに違いのあるものではないではないかと。撃ち抜く対象が人か的との違いだけで。そしてそこに罪悪感のような感情が生まれるか生まれないかの違い。

「ふふ、私にはこれしかないですから。極めないと!」

その笑顔がほんの少しだけ悲しみを帯びていることに、果たして彼女は気づいているのだろうか。

武器が好きなのは本当。殺人行為が嫌いじゃないのも本当。けれどこうやって時々武器を見て嬉々とする表情とは違う表情を作ることがあるのだ。きっとその瞳の奥には何か、とてつもなく大きな何かを見据えているようで。それはナマエ自身の過去というものに深く関わりがあるのだろうけれど。
だからと言って追求することはしたくない。それをすれば彼女は彼女でなくなってしまいそうだったから。

アールは視線を彼女の腕へと移動させる。捲り上げた長袖のパーカーから出された雪のように白い両腕は反動で簡単に吹き飛ばされてしまいそうなほど細く見えた。

「にしても、意外とナマエって腕力あるよな。サブマシンガンぶっ放してた時はさすがに驚いた」

「んー…確かに扱い始めの時はとてもじゃないけど撃てるものじゃなかったけど、色々試してたらできるようになってたんだ」

輝くような笑顔に、どきりとさせられる。話していることの内容は決して誉められたものではないが。

ナマエが武器の一つ一つを扱う時の目はこれ以上ないほどの生気を感じる。きっとサブマシンガンが使えるようになった時も、プレゼントを与えられた子供のように輝いていたことだろう。

そしてふと思うことがあった。彼女は一体いつ、誰にこの世界を教わったのだろうかと。そこには限りなく非合法な匂いがするが。

皮肉なものだ。生きる為に取ったその兵器が、結果として彼女を作り上げる上で必要不可欠な存在になってしまったのだから。ナマエもそれを否定しないし、受け入れている。それが余計に、アールの心を揺さぶった。

そうして考えている内にも、彼女は的に弾丸を撃ち込んでいく。アールはただその姿をジッと見つめた。

「いつも思うんだが、ナマエの撃ち方は我流か?所々モーションが面白い」

ナマエはマガジンを詰めながら彼の言葉に頷く。

もともと彼女は士官学校なんて堅苦しいものには行っていなかったので、技を習得する術は己の力量しだいだった。マニュアル道理の戦闘など経験したことはない。

「そうか…よし!じゃあちょっと練習するか」

「え?練習って…何のです?射撃の訓練なら今…」

全て言い終わらない内に、アールのナマエを後ろから抱きすくめて手を握った。そうすれば面白いくらいに彼女の体がはねる。

これだから彼女にちょっかいを出すのを止められない。後でルツに恨み言を言われるかもしれないが。事実今向こうにいるルツからは物凄い目で睨まれている。

「構え方の練習だよ。まず持ち方はこう」

そんなに彼女の姿勢が間違っているというわけではないが、面白いものが見られる絶好の機会だ。やらなければ損というもの。

彼女の栗色の髪がなびいて甘い香りがアールの鼻をくすぐる。そして、その髪の隙間から見えるナマエの頬は綺麗な朱で彩られていた。いつだっただろうか、ナマエが寝ぼけていた時も、こんなような姿を見た気がする。

不覚にも心臓が高鳴ってしまいそうになる。密着している体からそれがナマエに伝わらないように、アールはゆっくりと口を開いた。

「ナマエはよく頭を撃ち抜くように撃つからな。心臓狙ってみな」

「うん」と本当にか細い声でそう言って彼女は重ねられたアールの手の動きに合わせるように引き金を引く。
けれど、弾は的を射抜くことはなく、虚しく空を切った。彼女が的を外すとは何とも珍しい。それは自分のせいなのかもしれないが。そう思ってアールからは思わず小さな笑いがこぼれた。

それがナマエには的を外したことを笑われているのだと解釈されて、彼女は恥ずかしそうに目を伏せる。彼女自身、羞恥ばかりが胸の中を支配してどうしようもなかったのだ。いつまでもこの状態のままだとどうにかなってしまうのではないだろうか。

「私にはこのやり方は合わないみたい…です」

「はは、残念だ」

そう言って彼女から体を離せば、元から小さい彼女の体が更に小さく見えて、また笑ってしまいそうになる。これは本格的に後でルツに怒られそうだ。

やがて、訓練場の端からナマエを呼ぶ声。それはほんの少し怒気が含まれたルツの声で。ナマエは慌ててルツの方を向く。まだ恥ずかしさが抜けきらないのか、瞳は少しばかり潤んでいた。

ルツの遠回しな牽制にも慌てず、アールはナマエに早く行くよう促す。初めから少しからかうだけのつもりだったのだ。本気で彼女を狙うようなことをすればルツと全面戦争になりかねない。

走っていく彼女の後ろ姿を見つめていると、ナマエは思い出したように立ち止まり、こちらに振り返った。

「アール、ありがとね」

そうしてまた彼女は走り出す。
アールは面食らったように驚いてから、やがて手で顔を覆いながら乾いた笑いをもらした。

本当に、人の感情の変化に敏感というのは厄介極まりない。
“私にはこれしかないですから”と言って悲しそうに笑った彼女。それを気にかけたことも、紛らわすためにああやって訓練と言っていたずらをしたことも、全て彼女にはわかっていたということだ。ただ一つわからなかったことがあるとするならば、途中から訓練上の行為ということ関係なく、ナマエに触れていたいと思っていたことくらいだろうか。


「…ったく、やっぱりいい女だよ、あいつは」

ぽつりと呟いたその言葉は


とめどなく響き渡る銃声の中に

静かに溶けていった。


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