何てことない特別な日
「青峰君やーい。シャキッとしなよー」

休日。せっかくの休日。もとより毎日好きなように過ごしているので毎日が休日と言ってもいいが。今日は学校と部活が定めたれっきとした日曜日という名の公式休日なのだ。

だが最近はさつきが起こしに来なくなった代わりにナマエがほぼ毎週家を訪ねて来るようになってしまった。ごく稀に来ない日があるが、そんな日は桜井の所に行って料理を教えてもらっているのだそうだ。緊張感の欠片もないとその話を聞いた時には思ったものだが、自分の為に料理を習得したいのだという事実を知れば、今ではまぁいいかなんて思ってしまっている。それに、あの桜井が他人の恋人に手を出すほど勇気のある者ではないことも知っている。
青峰は眠そうにあくびをしながら、鬱陶しいほどの陽光に目を細めた。

「…ったく、毎週毎週飽きねーなお前は」

「だってせっかくの休みなんだからさ!楽しまなきゃ損でしょ!私は人生の一分一秒でさえムダにはしたくないの」

小柄な少女はそう言いながら軽やかに道を進んでいく。何を見るにも触れるにも、これ以上ないほど目を輝かせながら。地元の商店街が一週間やそこらで劇的に変化するはずはないのだけれど。

「だったらオレがいなくても別に一人ではしゃぎ回ってりゃいいじゃねーか」

ため息混じりにそう言えば、ナマエはほんの少し不満そうに頬を膨らませる。
本当にコロコロと表情が変わる女だと思った。他人の言葉一つで一喜一憂するナマエ。そこが面白い所ではあるが。

「嫌だよそんなの!私は青峰君と一緒がいいの。そうじゃなきゃ本当に人生の時間ムダにしちゃう」

屈託の無い笑顔で彼女は言う。それにまたこちらの少し強ばっていた心も解されていくのを感じた。

こういうことを素で言っているのがまた質が悪い。いや、ズルいと言ってもいい。部活でさつきや今吉に自分達の関係をからかわれる時は顔を真っ赤にして何も言えなくなるくせに。何も考えていなければスルスルと口から出てくるセリフに、こちらが困らされてばかりだ。

そのことを考えて一瞬眉間に皺を寄せれば、ナマエはまだ青峰が不満があると捉えたのか、やれやれといった風に口を開く。

「もー、そんなに嫌なら途中で本屋寄って堀北マイちゃんの写真集でも買ってあげるから」

「おい、それマジか」

「いや冗談だから。食いつかないでよ」

半ばわかっていたことだが何だか虚しい。恋人には眉間に皺を寄せておいてグラビアアイドルの話には目を光らせて食いつくとは一体どういうことだ。

確かに青峰がめんどくさがる気持ちもわからなくはないが。毎週違う店に行っているとはいえ、こうも人の予定ばかりにつき合わせるのはさすがにめんどうにもなるというもの。

柄にもなく唸りながら、ナマエは考え込む。すると、視界の端に、今となっては見慣れてしまった日常風景の一部を発見して、瞳を輝かせた。

「青峰君、あれ!あれやるなら楽しいからいいでしょ!?」

「あ?」

彼と彼女の目線の先にはストリート用のバスケットゴール。そして転がるボール。ナマエがバスケをしようと言っていることは明らかだが、その前に問題点が存在する。

普通にやって彼女が自分に勝てる、いや、勝負になるはすがない。弱い奴とやり合って何が楽しいというのか。それならば一日中商店街を彷徨く方が何倍もマシだ。

「お前何言ってんだ」

そう言わずにはいられなかった。その言葉には呆れにも似た感情が塗り込められている。隣のナマエが真面目に言っているため、その感情は一層強い。

「いや、だからさ。フリースロー対決!ハンデ付きで!普通にやったら私相手になるわけないから。」

「これでもフリースローの精度はかなりいいんだよ」なんて言って笑うナマエ。
その小さな手でダムダムとボールをつく様は、少しばかり危なっかしいようにも見えた。

「ちなみに私に負けたら今日あげようと思ってたお弁当はナシ!!」

「は!?何だそりゃ!」

「でも参加賞として今日あげようと思ってたお弁当をあげます!!」

「結局弁当くれんのかよ!!」

ナマエお手製のお弁当。桜井が教えるだけあって味はなかなかのものなのだがこの弁当、何故かほとんどがキャラ弁なのである。
理由を彼女に問うた所、桜井がキャラ弁しか教えてくれなかったのだそうだ。昼休みにいつも自分の所に持ってきてくれるのはいいが、かわいらしい弁当を食べている光景を何度さつきに笑われたことか。

「どうせ今日もキャラ弁だろ」

「よくわかったね。なんと今日のデコりは誠凛の黒子君だよ!」

「何でテツ!?」

この前は誠凛高校バスケ部で飼っている“テツヤ2号”という犬のキャラ弁だった気がする。最近何かと黒子率が高いのは恐らくさつきの注文が影響しているのだろう。

しかもこれがまた意外に似ていて、食べるのに何となく罪悪感が生まれてしまうのだ。これが緑間とか黄瀬ならば問答無用にかき混ぜてでも食べてやるというのに。一度さつきの目の前でさつきのキャラ弁を目から食べたらもの凄い文句を言われたが。

ふと思いついて、軽くため息をつきながら青峰は言葉を紡ぐ。

「なら俺が勝ったら何くれんだ?弁当っつったら帰るぞ」

本当にそう言うつもりだったのか、ナマエの体が一瞬ぴくりと揺れた。

「え!?えー…あー…じゃあ、それは青峰君が決めていいよ」

何故か不服そうにしながらナマエは彼の言葉を待つ。
青峰はそんな彼女を暫し無言で見つめて、いつもの意地の悪い、けれどどこか優しさのある笑みを浮かべた。

「なら、たまにはオレの予定に付き合え。新しいバッシュ見に行く」

どちらがどちらの予定に合わせるか、ただそれが変わっただけの賞品。けれど考えてみれば、自分が青峰についていくというのは暫くぶりの気がする。

それならば勝っても負けても嬉しいことしか先には待っていない。

目の前でどことなく楽しそうに笑う青峰に、ナマエはボールを投げた。

思い切ってフリースロー対決を挑んでよかったと思ったナマエと

やっぱり彼女と週末を過ごすのは悪くないなと思った青峰。

双方が小さな幸せを感じた

そんな日曜日の暖かな朝。


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