名のない想い
最初はただ純粋にあの人が好きだった。それは今だって変わらない。ずっと傍にいたいと思うし、オレはあの人よりも年下だけどあの人を守ってやりたいって思ってる。

だけれどいつからだっただろうか。エルドさんやグンタさんと大層楽しそうに話しているナマエさんを見ているのが苦しく思えるようになったのは。あの無垢で純粋で綺麗な瞳のままリヴァイ兵士長のことを嬉々として語る彼女を見るのが辛くなったのは。そんな時はいつも彼女のお陰で鮮やかになっていた世界は簡単にモノトーンの世界になってしまう。

大切なんだ。誰よりもナマエさんのことが。なのにこの意味のわからない醜い感情が邪魔をする。どうしたらいい。一体自分はどうしたらいいのだろう。




「……エレン、聞いてるー?」

真っ暗な思考の中にのみこまれそうになっていたエレンは自分を呼び戻す声に慌てて我に返った。

ここはリヴァイ班にあてられた旧調査兵団本部の中の一室だ。そして目の前には己の愛しい人。いつもナマエは暇になったり、お話したくなったと言ったりして二人でここにくる。

今彼女は心配と少しの不満が入り混じったような表情でこちらを見ている。ランプで照らされたその顔はひどく美しかった。

こんな変なことを考えていたなどとは言えない。エレンは取り繕うように苦笑を一つこぼした。

「…すいません。ぼーっとしてました」

瞬間、ナマエは小さくため息をついて、諦めたように座っていたベッドに仰向けに倒れ込む。ぎしりと静かに木の軋む音が部屋に響いた。彼女のいつも整えられている髪も、シーツに乱れるように散らばっている。

こういう時つくづく思う。一体自分は彼女にとっての何なのだろうと。自分がナマエに対して抱いている感情は偽りではない。断言できる。そうであるはずがないのだ。だが彼女はどうだ。いくら恋人だからといってそんなに易々と相手に無防備な姿を曝してよいものなのか。果たして彼女は今この場にいる相手がリヴァイや他の班の男達にも同じ態度をとるのだろうか。

それに、今し方話していたことの内容は物思いに耽っていて聞いていなかったが、容易に想像できる。恐らく今日一日を通して“誰々がかっこよかった”だとか“誰々がすごい”だとか言うことを語っていたのだろう。
そう思うと何だか悔しかった。いや、少し違う。またあのわけのわからない醜い感情が生まれてくる。

心の中で小さく舌打ちをして、窓の外の月に何気なく視線をよこせば、それはまるで彼をあざ笑うかのように煌々と輝いていた。

「ナマエさん」

「んー?」

気だるげな返事。およそ年上には思えないが、これでもなかなか大人の余裕がある方で、彼女が動揺する所など滅多に見たことはない。

エレンは静かに、けれど少し乱暴に椅子から立ち上がって彼女の前へとほんの少し大股で近づいていった。ナマエも、近づいてくる足音に合わせてゆっくりと体を起こしていく。

「何の話してたのか、もう一回教えてくれませんか?」

一瞬だけ刺すような空気がナマエに纏わりつく。威圧感、と言った方が正しいかもしれない。とにかく、普段のエレンから感じられないそれに、ナマエは少し気圧された。
もう一度話す分には何も問題はない。だがそれを言ってしまえば、何となく嫌なことが起こる予感すらした。

「や、あのほら、今日エルド達と訓練しててねって話だったんだけど…」

瞬間エレンの眉間に深い皺が刻まれる。それが一体何を意味しているのか、正確なことはわからないが、ナマエはその様子に背に嫌な汗が伝ったのを感じた。己の目の前に立つエレンからはうっすらと怒気が漂ってきている。もしかしなくても怒っているのか、彼は。だが生憎怒らせるようなことを言った覚えも、した覚えも自分にはない。

「エ…エレン…?な…に、どうしたの?」

恐る恐る口を開けば、エレンはそっと彼女の頬に手をやった。その手は暖かいはずなのに、言い知れない冷たさも同時に感じられる。

「ナマエさん。オレってナマエさんの何なんですか?」

「いきなり何言って…」

「オレはあなたが好きです、愛してます。だからナマエさんの口から他の人達の名前が出ることが耐えられない」

醜い感情の正体はただの嫉妬。少し考えればわかることだった。抑制する力を失って自身から独占欲だけが溢れだしてきて、すぐにそれは他者を束縛する力へと変化していく。
愛しているからという綺麗な言葉で終わらせてしまえばそれまでだが、こんなものは余裕のない人間の悪あがきにすぎない。

エレンはナマエの両の腕を掴んでベッドへと倒した。ぎしりと、今度は妖艶な響きを含んで木の軋む音がする。不安に染まった彼女の瞳は熱っぽく潤んで彼を見つめている。「私は別に変な意味でいつも話してるんじゃ…んっ」

反論を許さないかのように重ねられた唇。貪るような口づけ。酸素を求めて薄く口を開けば、すかさず彼の舌が侵入してくる。静かな部屋に、自由勝手に動く二人の舌に合わせて嫌な音が響いた。

暫くそうしていて、やっと離れていくエレン。けれど彼は休む隙など与えないとでも言いたげに肩で息をする状態のナマエの首もとへと顔を埋める。そして強く吸い付けば、吐息のような彼女の声がもれるのと同時に、白い肌が赤く彩られた。小さくもう一度今度は触れるだけのキスをして、エレンはナマエを見つめる。

「……すいません、オレ余裕なくて…」

そんな彼を見つめ返して、やっと息の整ったナマエが軽く微笑んだ。

「ふふ、そんなの…お互い様だよ」

「私だって今余裕ないもの」なんて言って笑うナマエ。

その瞬間に“彼女が欲しい”と、純粋にそう思った。自分しか知ることのできないような部分に踏み込んでみたいと。

少し顔を近づけても彼女は決して抵抗はしなかった。流れに任せると、雰囲気がそう語っているような。

ふつりと、己の中で何かが切れる。

「…優しくはできないかもしれませんよ」

「いいよ、受け止めたげる」


にこりとするナマエ。それが全ての合図だった。


気分を今日一日で一番高揚させる不思議な感覚に溺れそうになる。

こんな気持ちは知らない。それは多分ナマエさんも。

ならば二人で名付けよう。

さぁ、この不可思議な感情に


オレらはどんな名前をつけようか。


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