「ウォール・マリアが壊されてからもう大分経つねぇ。」
「そっスねぇ、まだ半年くらいしか経ってないような気もしますけど。分隊長、コーヒー飲むッスか?」
「うーん…ずっと気張り詰めてたせいもあるかもね。あ、うん、飲む。ありがとー」
「その割には調査、なかなか進みませんねぇ…ルイスー、こっちにもコーヒー、ブラックな」
「はいよー、おまけで塩でも入れとくわ」
「ぶっ飛ばすぞ」
「まったく…急いてどうすんのよ、あたし達の出来ることから少しずつ片付けてくしかないのさ。ルイス、コーヒー追加ー、塩入りでもいいから」
「え、いいの…?」
「あ、でもこの前リヴァイとハンジが面白い記述がしてある手帳を回収したって言ってたよ。持ち主は…何だったかな…確か…イルゼって言ったかな。こらこら、みんな、貴重な塩で遊ばないのー」
壁外調査から次の日、レイラはいつものようにルイス達部下と一緒にゴロゴロと音がつきそうなほどにくつろいでいた。
ふとそこでレイラは扉の所に佇んでいる二人組に気づく。
「あ、噂をすればだね。リヴァイ、ハンジ!どうかした?」
レイラの隊の中でも特に実力者が集まるこの部屋にリヴァイとハンジは訪ねてきた。
とは言っても作戦前日の最終ミーティング以外では彼女達は寛ぐ為の場所としか使っていないこの部屋。
リヴァイは眉間に皺を寄せながらレイラ隊を一瞥する。
ルイス以外の兵、ジャックとアイリスは少しだけ緊張の表情を浮かべたが、もうこの姿を見られるのも慣れているので特に自分達の居住まいを正そうとはしなかった。
「ははは、相変わらずだね、君達は。一つの家族みたいだ」
ハンジの笑顔にリヴァイは一層皺を深く刻み、口を開く。
「おいグズ共。毎回毎回くだらねぇ話ばっかしてねぇで働け」
「働いてるッスよー。兵長が見てないだけで。ま、見られてても気持ち悪いんスけどね」
彼はルイスを無視して一枚の封筒を机の上に置いた。
「これを街まで行って駐屯兵のハンネスに届けてこい」
露骨に全員が嫌そうな顔をする。壁外調査と聞けば気を引き締め、気合いを入れているというのに、通常の頼み事類の話になるとすぐこの顔である。
この落差は何なんだ、普通逆だろうと思いつつもリヴァイは有無を言わせぬ態度で彼らを睨んだ。「…わかったよ。わかったけど、駐屯兵宛ての手紙が何で調査兵団に?」
「あぁ、それはね、ピクシス司令の手違いだってさ。私かリヴァイが行っても良かったんだけど確かハンネスってレイラの知り合いだったよね」
「うん、長らく会ってないけど…」
ウォール・マリア崩壊時に知り合った駐屯兵隊長のハンネス。元気にしているだろうか。
そんなことを考えているとルイスが机から身を乗り出して手を高らかに上げ、叫んだ。
「じゃあ俺も行くッス!分隊長とデート!!デート!!」
「あ、ずりぃ!俺も分隊長とデートしてぇ!!」
「あたしだって!!じゃんけんしようじゃんけん!!」
「え、俺じゃんけん弱いからちょっと…」
「じゃんけんに弱いも何もないだろジャック」
「じゃあくじ引き?」
「それもちょっと…」
「めんどくさいな、お前」
くだらないやり取りを黙った見ていたリヴァイが唐突にルイスを蹴り飛ばした。
「遊びじゃねぇんだよ、はしゃぐな馬鹿共。ルイス、お前でいいから早く行け」
「痛い…蹴る必要なかったじゃないッスかー」
「黙れ」
レイラは苦笑を漏らし手紙を懐へとしまって立ち上がる。
「それじゃあ行こうか、ルイス」
「はい!!」
その後、去っていく二人の後ろ姿を見つめているリヴァイにハンジが「本当は一緒に行きたいのは自分だった?」と言い蹴られる音が廊下に響き渡ったという。
「街は彷徨くの久々かもしれないなぁ」
「大体俺らあの部屋にいますからねー、分隊長はお忙しく動き回ってらっしゃることも多いッスけど…」
「まぁ、そうかもねぇ」
「ねぇ隊長」
「んー?」
「隊長は兵長のこと好きなんスか?」
「は!?」
「前から気になってたんス」とさらりと言われてレイラは頬を紅潮させて口をパクつかせた。
しかも話の流れが今明らかにおかしい。街について話していたはずなのに。
ルイスの質問にどう答えようか思案していた時に、彼女の目の端にふと道脇の芝生にいる三人の子供が入り込んだ。
年は訓練兵にそろそろなる位だろうか。
三人並んだ内の真ん中に座っているまるで女の子のような顔立ちの男の子が本を広げて遥か遠い場所を見据えているような目で何かを嬉々と脇の二人に語っている。
一人はとても興味深げに。一人は無表情ながらもしっかりと男の子の話に耳を傾けていた。
レイラはそんな彼らにふらりと近付いていく。何故だか無性に彼らが気になって仕方ないのだ。
「隊長?」
ルイスは意味もわからず彼女についていく。
「ねぇ、君達」
レイラに話しかけられた子供達は大袈裟なほどに肩を揺らして慌てて本を閉じた。
初めは怯えと驚きの表情で此方を振り向いた彼らだったがレイラの姿を確認すると、途端に怯えから羨望の眼差しへとみるみる変わっていく。
「調査兵団の…レイラ分隊長…!?」
リヴァイやエルヴィンならともかく自分の名を知られているとは思わなかったのか、レイラは驚きに目を見開いた。
「驚いた。私を知ってるの?」
男の子が「もちろんです」と返事をすると同時にもう一人の男の子が「当たり前だよ」と言う。
「レイラ分隊長は庶民の英雄だぜ!?絶対一般市民を見捨てたりしない人だって聞いてる!それにすごく強いって!」
彼らの瞳はまだ羨望の視線を送っている。
ルイスはそんな少年二人の頭を乱暴に撫でて自分のことのように笑った。
「当然だチビ共!レイラ分隊長は俺らの最高の隊長で希望そのものなんだからな!!」
「ルイス!!何大袈裟なこと言ってんの!私は別に…」
レイラ自身、自分がそう呼ばれているのは知っていた。だが彼女にとって一般市民を助けるなど当然のことだ。ここまで賞賛されるような大仰なことではない。
それにいくら頑張ろうと、結果こんな風に賞賛されようと、救えなかった命も少なくはない。手放しで周りの評価に喜ぶのは全ての救える命を救ってからではないのだろうか。
しかし、少年達の言葉に心が少し暖かくなったのも確かだった。
レイラは軽くため息をつき、少年達に向き直る。
そして思い出したように問いかけた。
「ねぇ、君達はここで何してたの?それと、えっと、良かったら名前を聞いてもいい?」
真ん中の少年は居住まいを正してレイラの問いの答えを口にする。
「僕はアルミン、こっちがエレンでこっちがミカサです」
これが後の若き兵士達とレイラの運命の出会いであった。