「………」
「…………」
見てる。めっちゃ見てる。目つきよくないんだから睨まないでくれ、ただただ怖いから。
「リヴァイさーん…?おーい、兵長〜…?」
「………」
反応がない。とりあえず謝ればいいんだろうか。何も悪いことはしてないと思うのだが。これが自分じゃなく他の兵士だったなら確実にその人の心は盛大な音を立てて真っ二つに折れていることだろう。
「…何してたんだお前」
しゃべった。しゃべってくれたよと少し感動で泣きそうになったが自分を睨む彼の視線で我に返る。
「えっと…その…これからの戦いに備えての…準備運動…?」
素直に二体同時に巨人に襲われ、時間短縮の為にちょっと危険な賭けを決行しましたと言えばいいのだろうが何となくそれは躊躇われた。別に怒られなんてしないはずなのに。
「…くだらねぇ言い訳してんじゃねぇよ」
「……ごめん」
見事に一蹴されてしまった。
リヴァイはシュンとしたレイラを無視してガスを蒸かし森の奥へと進む。彼の行動の意図を理解したレイラも慌てて馬に跨り後を追いかける。
そうだ。今はこんなことをしている場合ではないのだ。早く前衛部隊の救援に行かなければならない。リヴァイもその為にこうして来たのだろう。おそらくはエルヴィンの指示で。
走っている途中所々に腕や足、挙げ句には半分になった頭や目玉が転がっているのが見に入り込んできた。木に引っかかっている誰のものかもわからぬ胴体。それが身に着けている調査兵団のジャケットに描かれている自由の翼は血に汚れ、ズタズタに引き裂かれている。レイラはそれを見て唇をぎゅっと噛み締めた。
「…またその顔か」
リヴァイから不意に声をかけられる。
抑揚のないその声に、レイラは思考を停止させ彼の方に顔を向けた。
「お前…犠牲もなしに今のこの現状がどうにかなるとでも思ってんのか?」
そんなこと思っているわけがない。あの化物相手に誰一人として傷つかず、まして死なずに済むことなど。わかっている。理解しているつもりなのだ。
だが、巨人に食い散らかされた兵士達の残骸を見れば見るほど心は揺らいでいくのも確かだった。レイラはリヴァイの問いかけには答えず、小さな呟きをもらす。
「今度エルヴィンに相談してみよっかなぁ。私の隊にもっと人員回してほしいって…」
「んなことしたって、どうせ一人でも死ねばお前またそんな顔すんだろ」
「うっ…それは…!…というか、私そんなに浮き沈み激しいわかりやすい顔してる?」
「あぁ、最高に不細工だ。」
「リヴァイ…………………………殴っていいかな…?」
レイラがふつふつと湧き上がる怒りに堪えつつ馬を走らせていると巨人が一所に群がっているのが確認できた。
遠目からでもわかるほどにそこは血にまみれている。一体どれだけの人間が奴らの餌になったのか。考えたくもない。
「ちっ」と短く舌打ちをしたリヴァイは速度を上げて巨人の群れへと向かっていく。レイラも馬から下り、近くの木に繋いで自身も立体機動に移って彼を追いかけていった。
血と涙と悲鳴が飛び交うその中心へと。
もう食われるだけだと兵士達は仲間だった欠片を見下ろしながら諦めたようなため息をつく。
だがその時、一人の兵士は森の入り口方面からこちらに向かってくる二つの影を見つけ、目を凝らした。
「あ…あれは!リヴァイ兵長とレイラ分隊長…!!」
「何!?本当か!!おい、みんな!お二人が応援に来てくださったぞ!」
「あ…本当だわ…!!お二人がこっちに…!!!私達助かるかもしれない…ううん、きっと助かるのよ!!」
兵士達の顔がみるみる希望の色に染められていく。
だが、安心した刹那
女性兵士の後ろからぬぅっと大きな手が伸ばされる。その手が彼女を無慈悲にも掴みあげ、巨人は大きな口を一杯に開けた。
女性兵士が「ひぃっ」という短い悲鳴を上げ、食べられるのを覚悟し涙を流しながら目を見開いて眼前の人ならざる化物を見つめる。
しかし彼女が震える唇で「嫌だ…死にたくないよぉ…」と言葉を紡ぐより一瞬早く彼女の世界は突然の浮遊感と共に体の圧迫感から解放された。そして視界には何故か青空が映る。
突然の出来事に驚く間もなく女性兵士の体は地面に転がった。起き上がり、顔を上げると目の前には手首から先を失い、痛みに悶えている巨人と長い黒髪を靡かせている女性がいた。
「あ…レイラ分隊長…」
レイラは軽く彼女に微笑みかけ、手を差し出す。
「遅くなってごめんなさい。ここの巨人は私とリヴァイに任せてあなたちは撤退の準備を…!!馬はちゃんといる?」
ボロボロと涙を流しながらこくこくと頷く。
レイラは頭を優しく撫でて「よく耐えたね」とだけ言い残し、苦痛で顔を歪めながらも憤怒の表情でこちらを見ている巨人へと向かっていった。
そして確実にうなじを狙いしとめていく。レイラの近くで戦うリヴァイは巨人を仕留めつつも几帳面に剣についた血を拭ってはその布を地面に放り投げている。相変わらずの潔癖だなぁと苦笑を漏らしつつ彼女も応戦していく。
辺り一面が巨人の残骸と蒸気でうめつくされていく頃にはもうほとんどの生き残り兵士達は撤退を開始しようとしていた。
それを横目で確認し、レイラはリヴァイに向けて声を張り上げた。
「リヴァイ!!撤退の準備は完了!!私達も引き上げるよ!!」
「…あぁ」
短く返事をし、二人も撤退を開始する。
追いかけてくる巨人は極力相手をせず、腱を切ることで追跡を遮断した。つなぎ止めておいた馬がいる地点にも無事たどり着き、馬に跨りまた再度走り出す。
そして共に撤退した兵士達に追いつき、そのまま彼らの先頭を走った。レイラは後ろを振り返り、少しだけ寂しそうな表情を浮かべる。
「人数…大分減っちゃったね…」
「いつもこんなもんだろうが」
「そりゃまぁ確かにそうだけど…」
「レイラ、毎度毎度感傷に浸るな。お前一人で全てがカバーできるわけじゃねぇだろ。」
「カバーできたらいいんだけどねぇ。」
「それができてりゃ今頃壁外調査なんてしねぇでお前だけ壁の外に放り出して門番でもさせてる。」
「あはは、ごもっともです、兵長様」
そんなやりとりしつつ笑う彼女をリヴァイはちらりと横目で見た。
まったくもって綺麗な顔である。普通に暮らして、普通の生活をしていたならばどんな狡猾な商人のお眼鏡にでもかなうだろうにとこの前ハンジが言っていたのを思い出す。
だが、レイラは兵士になった。しかも一番危険が多い調査兵団に入ったのだ。彼女がそれを選んだ以上口出しをするつもりはない。
だが、彼は一つだけ、いつも思っていることを口にする。
「…向いてねぇな、兵士に」
「ん?またそれ?わかってるよ、そんなことくらい…」
素質はある。彼女は強い。分隊長達の中でも頭一つ分抜きん出ている。
だがいかんせんレイラは優しすぎた。
根本的な部分が全く兵士に向いていないのだ。
それはレイラ自身もはっきりと自覚していることだ。
(わかってるよリヴァイ…それくらい…)
レイラは視線をふと自分の腰に視線を下ろす。そこには中くらいの大きさの袋がぶら下がっている。体が揺れる度に小さくジャラジャラと中身が小気味よい音をたてていた。この中身を知っているのはリヴァイにエルヴィン、ハンジやミケといった者達だけである。
中身は死んだ兵士達の遺留品。それは彼らがこの世で生きていた証なのだとレイラは言う。
巨人との戦闘の合間に死体を見つけては出来る限り何かを持って帰る。時計や衣服など、その時々で回収するのだ。
そして街に戻った後引き取り手が見つかればその人に渡し、見つからなければ見つかる時まで自分が保管する。彼女はいつもそんな事をしていた。
レイラは普段よりも重い袋をまじまじと見つめてから、再び前を向いて走った。
エルヴィン達の待つ方へと
ただ
ひたすら。