02
「隊長…!!レイラ分隊長!!」


壁外調査中、レイラが二体ほど巨人を仕留めた時に一人の兵士が駆け寄ってくる。
彼も巨人と交戦していたのだろうか、額に脂汗を浮かべている。顔色があまり良くない事や体の小刻みな震えから察するに、彼と共に行動していた者達は既に巨人の餌食となってしまったのだろう。

レイラはまた守りきれなかった命の事を思い、少しばかり眉間に皺を刻んだ。
そして彼の方に彼女の漆黒の瞳を向け、無言で先を促した。

「前衛部隊被害甚大につき、急ぎ救援及び撤退の補佐をせよとのことです…!」

「……わかったわ。すぐに向かいます、伝令ご苦労様!それじゃああなたは後方部隊と一緒に先に撤退して」

そう言われた兵士は一瞬驚いたような表情を顔に浮かべたがすぐにレイラの言葉の意味を理解し、弾かれたように顔を上げた。

「い…いえッ!自分も共に行きます!」
兵士の言葉にレイラは苦笑を浮かべる。そしてまだ幼さの残るその兵士の肩に手を置いた。


「ダメだよ、兵士を無駄死にさせるわけにはいかないもの…」

「自分はッ…巨人などには負けません!無駄死になど…!」

「……隊長命令です、すぐに後方部隊と合流して撤退しなさい」

悲しみと絶望が入り混じった瞳で兵士はレイラを見る。

レイラはそんな彼に微笑み後ろを向かせてその背を軽く押した。


「さぁ行った行った!時間を無駄にはできないよー?」

「隊…長…何故ッ…」

「あはは…そんなに悲しそうな顔しないでよ!ほら、早く!!」

兵士は馬に跨り、その場を去ろうとする。その後ろ姿に「生きてまた必ず会いましょう」と小さかったけれどはっきりとした呟きが彼の耳には届いていた。



兵士が去っていくのと同時にレイラも移動を開始した。
高い木々の聳える森の中を前衛部隊のいる目標地点までひたすらに馬を走らせる。
単独で走っているがために後で周りから誤解されそうだが、レイラと共に行動していた者達は既に彼女によって撤退を指示されている。別に全員死んでしまったわけではない。彼女の仲間達は誰一人として傷を負ってすらいないのだ。
それもこれも迫り来る巨人は片っ端からレイラが倒していったからである。

彼女が引き連れていった部隊の生存者は毎度五割を超えていることから新人や、まだ兵団に入って日の浅い者達はレイラの部隊に入れられることも少なくはない。
彼女自身は別に功績や地位なとが欲しくて巨人を討伐しているわけではなかった。ただ目の前で仲間が死ぬのを見たくはないだけなのだ。彼女は常にそれだけを考え、巨人と対峙していた。

そして森をある程度進んだ所でみんなちゃんと後方部隊と合流できたかなとレイラが思考を巡らせていると後ろから嫌な影が自分の影と重なった。

「…なっ!」

考えていたことを全て捨て去り、レイラは慌てて馬から飛び降り、後ろを振り返る。


そこには想像していた通り、巨人がこちらを見て涎を垂らしながら大きな目玉をぎょろつかせていた。

「くっ…早く合流しないといけないのに…!」

焦る気持ちを無理矢理押さえつけ、レイラは立体起動に移る為に体制を整える。
しかし、目の前の大きな存在の他に、後ろからもう一つ嫌な予感を背に感じた。

「…!後ろからも…!?」


後方から違う巨人がゆっくりとこちらへと歩み寄ってきていた。
レイラは前後から巨人に挟まれるような状態に陥る。

彼らの瞳は獲物を見つけ、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のように輝いていた。

背中に嫌な汗が伝わるのを感じながらもレイラは剣を握る。そして鋭い眼差しで彼らを睨みつけた。

「私を食べたいんでしょう…?なら早く来なさい化物共…!」

殺すチャンスは一度。奴らが一気に自分に向かって手を伸ばした時が二体同時に殺す好機だ。巨人から決して視線を外さず臨戦態勢を整える。

そしてゆっくりと巨人の手が彼女に向かってきた。






神経を研ぎ澄ます。心臓の鼓動がどんどん大きくなり全身が心臓になってしまったような気すらした。
一瞬。ほんの一瞬の機を逃せば自分はたちまち奴らの腹の中へと収まるだろう。
自分でも危険な賭けだとわかっている。こんな場面を部下達に見られていたらきっと大目玉をくらうはずだ。
いや、それよりももっと文句を言われそうな人がいたな。とレイラがある一人の男の顔を頭に思い浮かべた時、巨人達の手の影が彼女の全身を包み込んだ。

そのまま頭に手が触れようかという寸前、今だ!とばかりに立体起動装置のガスを噴射しようとした。


刹那、突如として黒い小さな影が二体の巨人の後ろを通り抜ける。いや、通り抜けたように見えたと言った方が正しいかもしれない。途端に巨人のうなじからは夥しい量の血が吹き出し、地面が赤く染まっていった。崩れ落ちた巨人は蒸気と化していく。


それと同時に先ほどの黒い影も血がばらまかれた部分を綺麗に避けて地面に降りてくる。

レイラは驚きに目を見開いていたが地に降り立ったその影、もといその人物を見て「あ」と声を漏らした。





「…り……リヴァイ…」


レイラは少しバツの悪そうな表情を浮かべながらも、今さっき頭に思い浮かべていた、人類最強と謳われる男、リヴァイを自身の瞳に映し出した。


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