04
「私にとってのリヴァイは…」

静かに目を閉じて思い出されるのは昔のこと。彼と戦い、生も死も分かち合ってきた大切な仲間。
決して笑い話ばかりではないけれど、そこには確かに忘れられない思い出が存在していた。

「もう仲間なんて単純な言葉じゃ片付けられない存在かな」

周りは彼のことを誤解しがちだけれど、実際はそうじゃない。

馬鹿みたいに周りにも自分にも厳しくて、そして馬鹿みたいに優しい、それがレイラが知るリヴァイという男だった。

辛くて苦しくて壊れそうな時、決まって傍にいてくれる。何も言いはしない。言っても短い言葉だけ。それでもその中には限りなく深い想いが込められているから、その優しさに泣きたくなる。

「リヴァイがいなかったら、きっと今の私はここにない」

だから大切。だから彼とずっと共に戦い、人類を勝利へと導いていきたい。
それをただの仲間意識と名付けてしまうのはしっくりこなかった。

他の仲間達に抱く仲間意識というものとはあまりにも結びつかない感情。
つっかえて出てこない感情の名。

自分でも整理しきれず困ったように笑えば、目の前のルイスは寂しそうな、どこか嬉しそうな色を瞳の奥に塗り込めていた。

「分隊長、それは…ハンジ分隊長とかミケ分隊長とかにも同じように思ってることッスか?」

今まで考えたこともない問いかけに思わず目を丸くしてしまう。

違うからこそわからない。変に痛い部分をつかれて唸りにも似た呟きが口からこぼれた。

こちらが教えてほしいくらいなのに。今彼にこうやって問われたとて、その問題に答えを出すことはできなかった。

「…わからない。違うはずなんだけど、それが何でかがわからない」

名もわからない感情を言葉にして表現するなど無理に決まっている。

リヴァイのことを思い出す度、考える度、温かな波が寄せてきて己の胸の内を満たしていくのだ。

それでも、複雑なものではないことはわかっているのに、全てひっくるめて何か答えを導き出すことができない中でもはっきりしていることが一つだけあった。

「でも、一番一緒にいて落ち着くのはリヴァイなの」

それは時が止まってしまえばいいと思うほどに穏やかなもの。

心の底から自分という存在をさらけ出して、ずっと笑顔でいられる心地よさが、確かに彼との間にはあると断言できる。

まるでレイラの感情を写したかのようにカップの中のコーヒーがゆらりと揺らめいた。
懐かしむように目を細めながらそれを眺める彼女の姿はひどく現実離れして見えて、そしてそれは同時に涼やかな風と共に全てを目の前のザジとルイスに悟らせた。

「レイラ分隊長、それって…」

淡く綺麗な色を帯びたその感情の名。いくらザジといえども気づかないほど疎くはない。

むしろ気づかないという方が不思議でたまらなかった。きっとお互いが長く隣にいすぎたのだろう。当たり前の感情だと決めつけてしまえば深く考えようとはしなくなる。
傍にいすぎてわからなくなってしまうとは皮肉なものだ。

全てに終止符を打つことのできる言葉をそのままレイラに伝えようとしたが、それは無感情な声によって阻まれることとなる。

「ザジ」

名を呼んだだけ。それでも彼が言いたいことは心臓を直接槍で貫かれたような重みを持って脳に響いていった。
言うな、と。
そう伝えたかったのだろう、ルイスは。

冷静に考えてみればその通りだ。他人が簡単に口出ししていいような問題ではない。こういったことは彼女が自分で気づかなければ意味がない。リヴァイの方ですらまだはっきり自覚していないのだから。

「…すみません、やっぱり何でもないです」

「ふふ、変なザジ。じゃあ私、これから用事があるから行くね。二人とも、あとはよろしく」

何も知らない彼女は純粋な笑みを顔に貼り付ける。

もし、己の感情の全てを理解したら、一体どんな反応をするのだろう。

ほんの少し急ぐように部屋を出て行くその後ろ姿を眺めながら、ザジはただそれだけをぼんやりと考えていた。

この組織の、いや、レイラが関わる人達の間に飛び交う繋がりの糸は本当に複雑だと思う。今改めてそれを実感させられた。

目まぐるしく動く想いの終着点がやっと見えてきたと思ったら、肝心の当事者同士がそこを理解していない。霧がかった終着点で一足先に待つこちらにしてみればこんなにももどかしいことは他にないだろう。

だからこそ彼らの行く末を見守っていられるのだけれど。

だがそれでも、第三者の立場ででしかレイラを見つめていることのできない苦しさも同時に持ち得る彼は、どれほど心をすり減らさなければならないのか。

「あ…えと、先輩」

気遣うような瞳をルイスへと向けて、恐る恐る口を開く。

本人は彼女のことは狙っていないとは言っていたがそれでもその想いが本物であったことは知っている。馬鹿みたいに想い続けて、封じ込めていたのも。

だが想い人から間接的であやふやではあったものの、自分には気がないということを目の前で示されて、ショックを受けない者などいないだろう。
その者が、狂ってでもいなければ。

「あの、あんまり気にしない方が…って、先輩…?」

言いかけた陳腐な慰めの言葉を簡単に吹き飛ばすほどの光景。

笑っていた。
宝石のような黄金の瞳を心底嬉しそうに揺らして、もうレイラの姿など見えなくなった虚無の扉の外に目を向けてルイスは笑っていた。

「よかった」

「え…?」

紡がれた言葉には陰りだとか暗さだとかいった感情は含まれてはいない。
それが余計に恐ろしくて、一瞬固まってしまう。

もしかしたら奥底には何か違った感情も込められていたのかもしれないが、そんな微かな感情の機微に触れられるほど自分は人と関わり合いを持ってきたわけではない。

ただ一つだけ理解できるのは、やはり彼はレイラの為だけに大きく表情を変えるのだということだけだった。

「これでやっと…あの人は自分自身の幸せを掴める」

他人を想い、他人を守り、他人の為だけに生きてきた。

彼女自身がそれで幸せだと語っていても、それは共に戦う者達にとってみればどこか歪で。単なる自己犠牲だと言ってもいい。

ずっと願い続けてきた。どんな形でもいいから、レイラが普通の人間として、普通の女としての幸せを得られる時が来ることを。

「相手が兵長っていうのが若干腹立つけどな」

ほんの少し不満そうに語られる言葉に、ザジはただ苦笑しながら頷くことしかできなかった。

リヴァイのレイラへ対する想いを知り、更に今日彼女の彼へ対するほの甘い想いを知って。それでもこうして素直に喜んであげられるのはそれだけ彼女のことを心から大切に想っているからこそだったのだろう。

だが二人がお互いに対する感情の名を知る時が来るのはきっとまだ先のこと。そんな普通ならかわいらしい焦れったさは彼の心に本人すら気づかぬ浅い傷をいくつも作っていくのだろう。

もしくは本当にルイスの心は何も変化など起こさないかもしれない。そこまでの状態ならばそれはもはや狂愛だ。文字通り狂っている。

緩く首を横に振って変な考えを吹き飛ばしてから、ザジはゆっくりと口を開いた。

「でもリヴァイ兵士長ならきっと大事にしてくれますよ」

「当たり前だろ。そうじゃなきゃ俺が殺す」

「いや、さすがに先輩でも兵長を殺すのは無理なんじゃ…」

「うるせぇよ。ザジのくせに生意気だ」

自然な会話の中には刺々しいものなど何もなく、緩やかな時だけがただ過ぎる。

本当にすごい人だ。レイラもそうだが彼女以上に彼は意志が強くて、改めて尊敬の念を抱く。

恐らくルイスはこれからも余計な横槍は入れずに二人を見守っていくつもりなのだろう。
自分ももちろんそうする気だったが、あの進展の遅さから考えて何かした方が有効ではないだろうかと思い始めている自分もいて。

こういった人と人の問題は苦手だがもしかしたら何かできることが自分にもあるかもしれない。

「うーん…」

少しでも早くお互いの気持ちにレイラとリヴァイが気づくことができる方法。

やはり簡単には思いつかない。そんな己の乏しさに軽く絶望すら抱いたが、次にはもう吹っ切れていた。

「何いきなり唸ってんだよ」

「あ、いえ。何でもないです」

時間はまだまだ無限にも等しいほどある。
とりあえず明後日の壁外調査から戻ったらまたゆっくり考えればいい。

きっとそれからでも遅くない。巨人が壁でも破壊しない限りは。

初めて皆の為に役に立てそうなことを見つけてザジの胸は自然と満たされていく。

そうして浮かべた微笑みは


無慈悲な空へと向けられていた。


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