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ゆっくりと日が落ちる。先ほどまでの喧騒が嘘に思えるほどの静寂が部屋を満たす。

そんな中で、部屋には調査兵団きっての実力者達が皆真面目な顔つきで各々の顔を見合っていた。

「どう思う?」

静寂を打ち破るレイラの声。その言葉の意味は他の三人にはすぐに理解できたようで、彼女を皆一斉に見る。

「“超大型巨人”“鎧の巨人”“食べない巨人”。随分新種が増えたね」

団長、兵士長、分隊長が顔を突き合わせて話しているのはやはり巨人のこと。このご時世に真面目な顔で話し合うことといったらそれしかない。

ルイスとザジ、新兵達はもう室内にはいない。別に彼らを追い出したというわけではなくて、空気を読んでルイスが皆を連れて出て行ってくれたのだ。本当によくできた部下だと苦笑してしまう。

本当はもう少しザジのことを気にかけていたかったが、それよりも今は話すべきことがあった。そうして五人になった所で小さな会議が始まったというわけだ。

「今は“奇行種”ということで考えるしかない、そうだろう?ハンジ」

「そうだね。私も驚いてるんだ。なにしろ前例がないから」

全く持ってその通りだ。あんな巨人は見たことがない。巨人のことなど知らないことの方が多いがそれでも奴らの存在は一際異質。

「…あいつは、俺が二年前ルイスを助け出した時も、この前ザジを助け出した時も、撤退する俺らを追っては来なかった。殺し方も妙だしな」

そう、それも疑問の一つ。対象によって殺し方が違うとでも言おうか。

ルイスの話によると一般兵やアイリス、ジャックを殺すことに躊躇いはなかったそうだ。だがルイスを、そしてザジを殺す時、あの巨人は嫌に行動が遅かった。すぐに掴んで潰してしまえばそこまでに十秒とかからないはずなのに。
しかも人一人抱えて逃げるリヴァイを追ってこなかったという。

「巨人にも顔の好みがあったりするのかな。ルイスとザジは顔全然似てないけど…」

「あっはは、もしかしたらそれはあるかもね!ルイスは顔だけはいいから。それにザジもかわいいし」

笑い出したハンジに、少しばかりレイラは不服そうな表情を作る。彼女としてはかなり真面目に出した答えのつもりだったのだが。

そもそもあの殺さない巨人は性別、というカテゴリーで分類していいものなのかはわからないが、れっきとした男。
二人の顔に惹かれたというのは間違いだろう。

それでもエルヴィンだけは真剣な眼差しで彼女へと視線を投げる。

「それはさすがにないだろう。元より奴らは意志そのものが非常に漠然としている。行動が一直線すぎるんだ」

「そうだよねぇ」なんて気だるげな返事をしながら、レイラはチラと窓の外の橙色を見つめる。

上手く頭が回らない。次から次へと襲ってくる疑問の波にいい加減どうにかなってしまいそうだ。そんな中で空だけは不変。変な言い方だがそれが妙に羨ましく感じる。

「それに問題はそれだけではない。あの巨人は二年前と同じ地区にいた。巨人にも個々のテリトリーというものが存在する可能性も考えていかなければならないだろう」

元々は人間が生活していた場所にそんなものを作られても迷惑だ。もしかしたら奴らは完全に人類の全てを掌握している気になっているのかもしれない。

無性に腹は立つがそれは半分はその通りな気がしてしまう。実際未だに人類は巨人達の包囲網から抜け出す術を見いだせてはいないのだから。

「んー…わっかんないなぁ」

「珍しいな。レイラがそこまで頭を悩ますなど」

ミケの抑揚のない声に思わず苦笑をもらしてしまう。

レイラは頭の回転が早い方だ。同時に柔軟な発想をしてよく隊に貢献しているのだが、今回ばかりはお手上げなのだろうか。

「いや、今日はちょっとそれどころじゃないって言うか…ごめん、こっちの方が大事なのはわかってるんだけど…」

あの殺さない巨人のことを真面目に考えようとすればするほど、三日前の壁外調査のことがフラッシュバックしてきてしまう。

巨人の手に収まっていたザジの姿を見た時は本当に心臓が止まる思いがした。それは二年前、屋根の上に無残に転がるアイリスとジャックの死体を見た時と、巨人に追いつめられたルイスを見た時と全く同じ感覚。己がもう二度と感じたくはないと思っていた忌々しい感覚だ。

今回は怪我こそ負ってしまったもののしっかり助けることは出来た。だが、その命の代わりにザジのことがわからなくなってしまった。

彼が何を思いあんなことをしたのか、知りたくないと言ったら嘘になる。彼が言った「僕は皆さんが思っているような人間なんかじゃない」という言葉の意味も。
もちろんそれは彼に対しての疑念なんかではなく、純粋な心配。先ほどかなり歩み寄れたとは思うが、悩みがあるなら打ち明けてほしいし、存分に頼ってほしい。彼の顔が苦しみで歪む様は、辛そうに涙を流す様は見たくはないから。

巨人のことよりも今は部下のことの方が気になって仕方がない。

「お前が待つって言ったんだ。あとはあいつの言葉を待て」

何も言っていないのに、全てわかっているとでも言いたげなリヴァイに面食らってしまう。

最近はイヤに彼からの言葉で背中を押されてしまっている。情けないとは思うが、嬉しい気持ちも同時に湧いてくるので顔は自然と綻んでいった。

「うん、そうだね。でもさ、気がかりなのは実はザジのことだけじゃないんだ。最近はルイスのこともちょっとね…」

因縁の相手、つまり彼の親友達を殺したあの巨人と対峙した時のルイスの目。その威圧感だけで人を殺せてしまうのではないかと思うほど、あの時の彼は怒りに打ち震えていた。あのままレイラが止めなければ無計画に突っ込んでいってしまっていたことだろう。

口に出しこそしないが、ルイスの巨人への憎しみは復讐心へと変化して日々増大していっている。それはあまりにも危険すぎることだった。

復讐心は何も生まない、何者も幸せにすることはできないなんてありきたりな正義論を振りかざすつもりはないが、少なくともレイラにとってはルイスが憎しみで変わってしまう日が来ることは恐ろしい。

「大丈夫だよ。ザジはもう何か吹っ切れたみたいだし、君がいる限りルイスが道を間違えることはないから。はは、レイラがまるで母親みたいだね」

「は、こんな過保護な母親いねぇだろ」

「え、私過保護なのかな」

一斉に皆から向けられる呆れたような瞳。

母親みたいなのかどうかは置いておいて、自分は過保護にしているつもりはない。

心配するのは隊長として当然のことだし、あまり怒らないのはそれだけ彼らが優秀なのだからであって。時々ルイスが上司に悪態をついているのを軽く叱ることはあるが。

「でも最近はちょっと親心っていうのがわかってきた気がするんだよね。なんかルイスがリヴァイに似てきちゃって心配というか…」

「俺はあんなに性格曲がってねぇ」

長い間彼を見てきて本当に最近はそう思う。口ではああ言ったが、本当はいい意味で似てきている。

どうでもいいと言ってはいるが実際はちゃんと仲間を気にかけている所とか、効率が良いからといって変えた剣の持ち方とか。上からの命令をレイラの言葉なしに素直に聞くようになったこととか。

部下の成長は素直に嬉しい。ずっと一緒にいた相手なら余計に。だけれど、何となく寂しさにも似た感情が湧き上がってくるのもまた事実。

もしかしたらいつか、彼は自分の傍から離れていってしまうのではと、最近思うようになった。
人間の心は移ろいやすい。いつまでも自分の横にいてくれる保証など、そんなもの初めからなかったのに、心のどこかで彼ならきっとずっと一緒にいてくれると思い込んでしまっていたのか。

そんなレイラの想いが伝わったのか、ハンジは苦笑気味に彼女の顔を見つめる。

「本当にレイラはルイスのことよく気にかけてるよね。ザジのこともだけど…。一体君達って何があってそうなったの?」

敢えて彼女の心配事に対して「大丈夫だよ」とは言わなかった。そんな簡単な言葉で終わらせられるような薄っぺらい関係ではないのを知っていたから。

代わりには当たり障りのない質問。今まで色んな者がそれを疑問に思い、けれど聞いたことのなかった質問。
他の三人も気になっていたのか、静かに彼女の答えを待っている。

「内緒」

だが微笑みながら口を開いたレイラから返ってきた答えはとてもあっさりとしていて。
話す気なんて元から微塵もないのか、彼女はただニコニコとしているだけ。

「どうせくだらねぇ理由なんだろ」

そんな彼女の態度に、眉間に皺を寄せながらそう言うリヴァイ。その言葉には不機嫌な感情が塗り込められていた。

何だか無性に腹が立つ。レイラの表情を見る限り、本当に大切なかけがえのない思い出なのだろうことは理解できるが、それは妙に彼の心を揺さぶった。

まただ。またこのわけのわからない感覚。レイラとルイスの関係、そこにある己との間の一枚の透明な壁を実感するといつももやもやとした気持ちが胸を支配する。

そんなリヴァイの心境を知ってか知らずか、ハンジが彼女に抗議の声を上げようと口を開きかけた時、控えめに部屋の扉がノックされて小さく音が響いて室内に広がっていく。

「どうぞ」とレイラが声をかけるのと同時に入ってきたのはペトラだった。少し畏縮しながら入ってくる彼女の手には紙束が握られている。

「お話の途中すみません。今回の壁外調査での報告書の提出と、リヴァイ兵士長、ナイル師団長がお話があるらしくて別室にてお待ちです。連れてくるようにと言われまして…」

「…わかった」

重い腰を上げてリヴァイは椅子から立ち上がる。エルヴィンも一緒に呼ばれないということは珍しい気がしたが、レイラはペトラの横で詳細を聞くリヴァイという光景を見つめて、ぽつりと呟いた。

「壁外調査から戻ってから何だかあの二人っていう組み合わせ、よく見るようになった気がするなぁ」

報告書の提出だとか、新兵達への掃除指導だとか、他にも色々。ペトラの横に彼がいる映像は最近になって飛躍的に増えた。

ペトラはリヴァイに憧れているから、彼女の表情は自然と嬉しそうなものになっている。そういう時の女性というのは本当に美しい。
身長的にはやや首を捻る部分があるが、そんな二人の姿はとても絵になるのだ。

それが別にどうということではない。別に兵団の規則に恋愛禁止なんてないのだから、二人がいずれもっと仲良くなってそういった関係になった所で問題はないし、そうなれば自分だって嬉しい。

けれど何となく、あの二人の姿を見ていると、平穏だった心が小さく波打つのだ。

「何か…二人とも楽しそう」

他意はないつもりだった。変な感情を込めたつもりではなく、本当に純粋に思ったことを口にした。

「レイラ…?」

けれど、そんなレイラの横顔を見て、ミケは怪訝そうに口を開く。

その声すら届いていなかったのか、彼女はミケの声に反応することなく二人を見つめ続けていた。

そんなレイラ達の様子を静かに見つめながら、エルヴィンは直感的に思う。
近い未来、何か大きな変革が訪れるかもしれないと。


少しずつ動き出していく彼らの時間。

様々な人間の想いが混在し始め、それでも時は流れていく。

やがて、それぞれの者の内側で


始まりを告げる鐘は鳴った。


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