08
屋根から屋根へと縦横無尽に移動する。
ふわりふわりと飛ぶその姿は、こんな世の中でなければ大層美しく見えていたことだろう。
そして、そんなレイラの後ろをやはり軽やかに飛びながら追いかけるルイス。
ルイスの左方にはザジ。ザジの側にはペトラ達新兵。

ウォール・ローゼ外へ出てからさほど時間は経っていない。いつもならばそれでも人々の叫び声がひっきりなしに聞こえてくるものなのだが、今日は不思議と静かなものだった。

それは単純に、皆生きる為の知恵をつけていっているということで。レイラはその事実を肌で感じて小さく笑みをこぼした。

「リヴァイ!行路の方はどう?」

「順調みてぇだな、珍しく。そろそろ巨人共が空腹で暴れ出しそうなぐれぇだ」

皮肉混じりにそう言うリヴァイ。それにまた笑ってしまう。本当に彼は素直ではない。嬉しいなら嬉しいと、素直にそう言えばいいのに。

だが少し機嫌の良さそうだったリヴァイはレイラの持っている刃に付着した血を発見して、眉間に皺を寄せる。潔癖症の彼のことだ、汚れているのが許せなかったのだろう。

レイラが今日相手をした巨人は四体。いずれもルイスとの連携で倒している。途中であまりの恐ろしさからか、新兵のペトラとオルオが移動中もらしてしまうという大変なハプニングはあったが、命に危険のあることは起こらなかった。気にかけていたザジの件も、やはり杞憂だったのかもしれない。

それでも注意を怠ることはない。ルイスは注意深く辺りの様子を確認していく。けれどその姿はどことなく、何かを探しているようにも見えた。

「ルイスさん?どうかしたんですか?」

エルドの言葉に顔を向けることなく、彼は簡潔に返事だけを返す。

「ちょっとな。二年前の借り返してぇだけだ」

二年前、大事にしていた仲間を殺し、己の左目の視力を奪ったあの謎の巨人。今日も会うことができるのならば今度こそ始末してやりたい。

あの普通とは違う人間じみた瞳も、食べる為に存在していたわけではない口も、軽く握るだけで人を殺してしまう手も、何もかもが思い出しただけで虫酸が走る。
そう思っているのはルイスだけではなく、リヴァイにレイラ、そしてあの時場にいたザジも同じように思っていた。

「ルイス、気持ちはわかるけどそれはまた後で。どうやら本当にお腹空かせて集まってきちゃったみたいだから」

そう言われて周りを見回せば、そこには三体の巨人が自分達を舐めるように見つめながら近寄ってきていた。巨人は人の多い所に集まってくる。今の自分達は奴らにとってはこの上ない餌に見えていることだろう。

奴らはレイラ達の前で立ち止まり、一斉に振りかぶった。

「跳ぶぞ」

「わかってる」

レイラが頷いたのを確認してリヴァイとレイラは強く地を蹴る。それが合図となって、その場にいた全員も同じように移動した。

その直後に響く一際大きな轟音。今の今までレイラ達がいた屋根はまるでクレーターが出来上がったかのように、くぼんでいた。

右にリヴァイとペトラ達新兵、そしてザジが移動し、左にはレイラとルイスが移動する。
そしてそんな彼らを追いかけるように巨人が手を伸ばそうと前進してきた。

「ザジ、てめぇはペトラ達を守ってろ」

「あ、は…はいっ」

ザジが返事をするよりも早くリヴァイは巨人へと向かっていく。そうして素早く奴の後ろに回り込んで綺麗にうなじに刃を滑らせた。一連の動作はまるで一瞬の出来事のように感じられた。

ごしごしとハンカチで刃を拭いながらリヴァイはゆっくりと降下してくる。ペトラ達はそんな彼に羨望の眼差しを送りながら歓声を上げていた。
その中でグンタは思い出したようにレイラ達の方へと目を向ける。

「三体っ…!?もう一体寄ってきたのか!リヴァイ兵士長!レイラ分隊長とルイスさんが…!」

レイラとルイスは三体に周りを囲まれ、ただ屋根の上で佇んでいる。何故彼らが何もしないか疑問だったが緊急事態に変わりはない。急いでリヴァイに声をかけるも、彼はチラと二人に一瞥を投げるだけで救済に行こうとはしなかった。

「放っておけ。あいつらだけで何とかなる」

「ですがっ…!」

それ以上何か言おうとするグンタを静かにザジが手で制す。このままだとリヴァイの機嫌が悪くなるだろうから。

「平気なんだよ、グンタ。大丈夫、分隊長も先輩も、普通じゃないんだから。ほら、見ててみな」

まだ不服そうにしながらもレイラ達の方に目を向ければ、やはり彼女達は動かないままで。はたから見ればもう諦めたようにしか見えなかった。

だがその時、やっと二人が武器を構える。何を話しているかはわからないが、何かを合図しているように感じられた。そして同時に、直感的に感じる。何も問題はないと。







「ルイス、行くよ」

「はいッス!三体同時なんて久々だ」

二人同時に地を蹴る。巨人は右に二体、左に一体。そしていずれも通常種。

レイラはアンカーを隣家へと突き刺してまず一体目の後ろへと回り込もうとする。だが、それを巨人が許すはずはなく、思い切り彼女へと腕が振り下ろされる。それに構わず突っ込んでいくレイラ。
瞬間、影が彼女と巨人の間を横切ったかと思うと、あまり気持ちのいい音ではない音が響いて、巨人の腕が彼方へと飛んでいった。

「…ったく、お前如きが触っていいお方じゃねぇっての」

綺麗に屋根に着地して刃に付着した血を振り払うルイス。
彼が着地したと同時にレイラが一体目の巨人のうなじに刃を滑らせた。それは深く深く対象を抉り、巨人の首と胴体は切り離されてゆっくりと首は地面へと降下していく。

そうしてレイラはすぐさま次へと向かっていく為に先ほど倒した巨人の胴体を足場にして高く跳躍した。休む間もなくルイスも同じように飛ぶ。

くるりと、そのままの状態で彼女は体を回転させて攻撃の構えを取り始める。向こうは何も手傷は負っていない。いい餌が自分から突っ込んできやがったと言わんばかりに巨人は腕を伸ばし、だらしなく口を大きく開ける。

だが、次には一際大きな音が響いてその締まりのない顔にめきりと何かがめり込んだ。と同時に勢いをつけたレイラの刃が深々と奴のうなじを抉っていった。

「おぉ。レイラ分隊長!ハンジ分隊長の言ってたことマジッスよ!!巨人の頭めちゃくちゃ軽いッス」

「はは、後でハンジに感謝だね。ナイスシュート、ルイス!」

ルイスの右足が思い切り蹴り飛ばした一体目の巨人の頭。それは二体目の巨人の顔面へとものの見事にヒットした。そして一瞬怯んだ隙を見逃さず彼女が一撃。
笑いながら戦っている二人の様はどことなく恐ろしい。まるで当然のことを成し遂げたような。

そうして次の瞬間、ルイスは懐から信煙弾を撃ち出す為の小銃を取り出して間髪入れずに二発撃った。弾はレイラの顔の横を抜けていき、辺り一面に鮮やかな煙を撒き散らしながら彼女の真後ろで口を開けていた最後の一体の大きな瞳へと突き刺さる。ルイスは目を押さえて苦しそうに呻く巨人を不機嫌そうに睨みつけた。

「だから…てめぇら如きが触っていいお方じゃねぇっつっただろうが」

そして響く肉を切る音。レイラは最後の巨人を始末し終えて、隣家へと飛び乗り、ルイスの横へと並んだ。

「お疲れ、さすがに三体は時間かかっちゃったね」

「俺は分隊長に怪我がなければ何でもいッスよ」

何事もなかったかのように会話を開始する二人。浮かべている笑顔も、本当に心の底からきているものに違いなかった。

そんな二人を見て、ペトラ達は思わず言葉を失ってしまう。強い強いとは聞いていたがまさかここまでとは。
お互いがお互いの力を最大限に引き出しあって戦っている。レイラはルイスの行動を予測し、そしてそれをやってくれると信じて巨人へと突っ込んでいっていた。それはもはや絆なんていう簡単な言葉では片付けてはいけないような気がしてしまう。

リヴァイですら何も心配はいらないと断言してしまうほどだ。元々戦闘能力の高い二人が組んでいるのだから強いのは当たり前なのかもしれないが。

「ほら、だから言ったろう?先輩と分隊長は大丈夫だって」

「はい…!すげぇ…あれならきっと人類だって…!…ザジさん?」

レイラとルイスを羨望の眼差しで見つめていたグンタがザジへと顔を向けると、視界にはザジの複雑そうな表情が映り込んだ。

それは二人を誇らしく思っているような感情と悲しみや絶望がない交ぜになったような表情。

「分隊長も先輩もすごいお人なんだ、本当に……」

その表情が、言葉がひどく心を揺さぶって、もう一度声をかけようとした時、少しこの場の空気を堅くしてしまうような声がリヴァイから発せられて、それは中断される。

「おいザジ、てめぇ…今何考えてやがる」

レイラが危惧していたこと。それがどんな形で訪れるかはわからない。けれど、恐らく今ここでザジを放っておいたらいけないような、そんな気がしてならなかった。

元々引っ込み思案で人見知りのザジとは自分はあまり接してきたわけではない。知っていることといえば彼は本当にレイラとルイスを、尊敬しているということ。ただそれだけ。だがそれだけは真実だと断言できる。

性格も裏表がなく全てが本当のことだらけ。でもだからこそ、レイラと同じようにこのザジ・シンクリアという人物がわからない。

「いえ、別に何も。すみません、心配させてしまって。それより、10m後方より巨人が接近してきています。早くここを離れましょう!後ろは僕が守ります。兵長、先導を!」

はぐらかされるような答えだったが、ザジがそう言うのだ。巨人は本当に迫ってきているのだろう。戦闘において秀でる所はないが、彼は視力や周りを見渡す力に長けていた。

リヴァイは小さく舌打ちをして新兵に「行くぞ」と短く言って強く地を蹴った。
それに続いていく四人。レイラ達も、リヴァイが移動したのを見て、動き出す。

グンタが先ほどのこともあり、心配そうに後ろを向けば、少し自分らより後方にいるザジと目が合う。彼がついてきているというそれだけの事実に、何故かどうしようもなく安心した。

そうしてグンタが前を向き、皆が移動に集中したのを見計らってザジはゆっくりと歩みを止めた。

くるりと後ろを振り向けば、遠くから追ってくる巨人。

自然と顔には自嘲するような笑みが浮かぶ。
やがて彼は、屋根から飛び降りて地面へと降り立つ。前を行く皆に気づかれないようにゆっくりと。

己の目の前に来て立ち止まる巨人。

その姿を見上げながら

彼は刃を投げ捨てた。


prev next

bkm
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -